京橋散策奇譚

立ち飲みジャーナル31号

立ち飲みジャーナル31号

九月というのに涼しくなる気配は一向になく、殺人的な陽射しが、何か恨みでもあるのかと思いたくなるほどに、激しく降り注いでいました。蝉がまだ鳴いていました。人通りも少ない中、私はうなだれるようにしてひとり歩いていました。さきほど買ったプリンをひとつ、コンビニ袋にぶらさげていました。私はそれをある場所に届けに行ったのでした。あまりにもくだらない話で表立って話したことはありませんが、これを機に書こうと思う次第です。

発端は会社の上司です。時々僕を昼食に誘うのです。会社で肩身のせまい思いをしていた私は、せめて休憩時間くらいは上司の顔を見ずに過ごしたいと思い、曖昧に断っていました。しかし断った手前、入った飯屋で上司と鉢合わせなどしたら、これほど気まずいことはありません。私は近場で食事をするのが恐ろしく、昼になると無意味にあたりをさまよい歩くようになりました。そして意外な発見をしたのです。

私の職場は京橋ですが、京橋と言えばグランシャトー、恥ずかしながらその程度の印象しかありませんでした。ところが繁華街を抜けたとたん、都会の喧騒から切り離された古い街並みが連なっていました。年季の入った民家の間を細い路地が入り組んでいました。私はたちまち気に入り、蒲生、鴫野、野江のあたりを、小旅行でもするような気分で毎日歩き回るようになったのです。これまで下町情緒や歴史を売りにしている町にわざわざ出かけ、裏切られたような気分になることが度々ありましたが、この辺りは良い意味で中途半端で自然でした。スーパーの脇道に神仏をまつる祠が何食わぬ顔で建っている、その自由さに惹かれたのです。

そんなある晩、私は夢を見ました。携帯電話の向こうでしわがれたおっさんの声がしました。

「わしや。今日会った石仏や」

私は驚き、でもたしかにその日は、野江の裏路地にまつられた不動尊の前を通ったのでした。

「賽銭はいらん。何か供えてくれ。プリンがええ」

私は信心深いほうではありませんが、半分面白がり、でもひょっとするとひょっとする、笠地蔵の例もあるぞ。翌日さっそくプリンをお供えに行った次第です。

それきりすっかり忘れていましたが、年末になって歯が激しく痛み出し、夜も眠れないほどになりました。ついに長年の不摂生が祟ったか。絶望的な気分でその日も街をさまよい、偶然にあの不動尊の前に出ました。あのプリンを覚えていますか。一生のお願いです、どうかこの痛みを取り除いてください。私は藁にもすがる思いで祈ったのです。

数日後、余命宣告を受けるような思いで歯医者に行きました。検査のあと、先生が言いました。

「どこも悪くないですよ。でもひょっとして、気にしすぎて毎日歯を食いしばっているんじゃないですか」

私はとたんに力が抜け、その夜にはすっかり痛みもおさまっていたのでした。同時に悔しいような、勿体ないような思いが沸々とこみ上げてきました。こんなに簡単に治る痛みならば、なぜもっと大きなお願い事をしなかったのかと。おかげで私は大金が手に入るでもなく、今日も会社で肩身のせまい思いをしながら、昼休みにひとり裏路地をさまよい歩いているのです。