酒場は都会の中のジャングルなのだ

月刊たる 2010年2月号掲載

月刊たる 2010年2月号掲載

酒場はジャングルである。分け入ってみるまで何がいるかわからない。誰もいないかもしれないし、恐ろしい猛獣がひそんでいるかもしれない。でもそこには、まだ見ぬ仲間が待っていることだってある。

ある学者によると、原始人はかつて荒野に住んでいた。さらにその祖先である類人猿はジャングルの樹上で暮らしていたらしい。ところが気候変動によって森は消え、あたりは荒野と化し、やむをえず地上に降りなければならなくなった。これこそが二足歩行のはじまりであり、サルからヒトへと進化した瞬間であるという。

だから、と学者は続ける。人類はかつて住んでいた荒野に似せて都市をつくったのだ。言われてみればたしかに、街を埋め尽くすビル群、荒野にむき出しになった岩山のように見えなくもない。

でも人はときどき、まだサルだった頃の記憶がよみがえる。そして森の自然にふれて妙な懐かしさをおぼえたりする。しかしもはやそこに戻ることはできない。人間はジャングルに帰れなくなってしまったサルなのだ。

ふと思う、街にはこんなに人があふれているのに、なぜみんな孤独なのか。近所づきあいがなくなったと言われて久しい。婚活がブームとなり、その反面、若者のひきこもりが問題になる。人は集まれば集まるほど逆に孤独になっていくような気がする。

それはやはり、都市が「荒野に立つ岩山」だからなのかもしれない。かつて存在したはずの群れはバラバラになり、ひとりきりになって自分の家、自分の部屋という「洞窟」にこもる。そこだけが自分の安住できる場所だと思い込む。

テレビは映像を二十四時間流し続ける。インターネットで会ったこともない人ともチャットができる。でもそこには、自分の洞窟に閉じこもったまま、遠吠えだけで互いの存在確認をしているようなさびしさがある。

そして思う。あるいは酒場こそが、都市という荒野に残った最後の「ジャングル」なのではないか。

ジャングルだからいろいろな「生き物」たちが群れている。酒をたのむ。酔いがまわるにつれて、身にまとっていた余分なものが少しずつはがれ落ちていく。他の客と話をする。肩書きも年齢も関係なくなる。タテマエが消えて本音が出る。笑顔と嬌声、たまにはこぜりあいも起こる。

酒場に集う人々の表情はとても正直だ。人間的どころか、人がヒトになる以前の「哺乳類らしさ」すら感じる。人は酒場というジャングルで、ひとときの先祖がえりをするのかもしれない。