須原一秀著「自死という生き方」考

大学1年、僕がまだ理工学部にいた頃、須原一秀というちょっと風変わりな講師がいた。

「論理学」という講義だったと思う。教材として、彼が書いた『超越錯覚―人はなぜ斜にかまえるか』という本を買わされた。ところが本の内容はおろか、講義自体も論理学とほとんど関係ないのである。

単位を取るのはたやすかった。日常の中でふと疑問に感じたことをレポートで出すか、そんな疑問を講義中に質問すればよかった。

「最近何か疑問に思ったことない?」

そんな感じで須原氏が学生に話をふる。僕も何回か質問した。彼は「うん、それはね・・・」と話し出すのだが、話は決まって途中でそれ、ちゃんと回答してもらったことがなかった。答えを出すつもりなんか初めからなくて、学生の質問からインスピレーションを得て自分の問題を考えているように見えた。

たとえるなら、見た目はアル・パチーノ、語り口はピーター・フォーク。ひょうひょうとしているがダンディーな先生だった。

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それから数年後、僕は文学部哲学科に移籍した。そこで僕はウィトゲンシュタインという哲学者について学ぶのであるが、出会った担当教授が、あの須原氏と講義の進め方がどこか似ているのである。

よくよく調べてみたら案の定、須原氏もウィトゲンシュタインから続く分析哲学と日常言語学派を研究する学者だった。

この学派は、哲学の歴史の中ではちょっとした異端なのである。簡単にいうとこんなふうに。

1.哲学や科学、その他どんな手段を使っても、『人生の真理』『宇宙の真理』など語ることはできない。
2.魂や死、人類、命について議論をしても、決して核心はつかまえられず、あくまでも言葉上の問題として堂々巡りするだけである。
3.我々にできることは、日常の出来事を日常の言葉で語ることだけである。
4.よって哲学は無意味である。ただし、『哲学は無意味だ』ということを理解するためには哲学をしなければならない。
5.『答え』はむしろ『問い』の構造の中に隠されている。

道理で、いつまでたっても結論めいたことを言わず、ただえんえんと学生と質疑応答するという講義スタイルになるわけである。

さて、先ほどあげた『超越錯覚』だが、これがけっこう面白く、これまでも思い出したらひっぱり出してきてペラペラと読んでいた。ふと、この先生は今頃何をしているのか気になり、ネットで調べてみた。

驚いた。須原氏は2006年に65歳で自殺していた。それもかなり「奇妙」な動機で。その遺書(遺著)が出版されているというので、取り寄せてみた次第である。

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この本によると、須原氏は某県(おそらく滋賀県と思われる)の神社の裏山で首をつって死んだ。同時に頚動脈を自ら刃物で切っており、念の入った自殺だった。自宅には本書の原稿が残されていた。それは、「自死」の正当性を哲学的に検証する内容だった。

「平常心で死を受け入れるということは本当に可能か? ――それはどのようにして可能か?」
「本書と私の自死決行とはワンセットで一つの哲学的プロジェクトである」

なんか知らんがすさまじい意気込みだ。

さ て、実際に出版されたこの本は、最初の20ページほどが無関係な評論家の文章で埋められ、ラストは須原氏の家族による手記で終わっている。須原氏オリジナ ルの文章はちょうどサンドイッチされた形式になっているわけだ。『自死という生き方』というのもあとでつけられたタイトルで、須原氏自身は別の題名をつ けていた。出版社が、かなり強引に「死を考えることによってより良い人生を送ることができる」的なムードにもっていこうとしているようにすら感じ られる。

おそらく、そのまま出版するにはあまりにも過激な内容だったからだ。須原氏は「よい生き方」云々なんてことは一言も書いておら ず、もろに「みんなもっと明るく気軽に死のうぜ! 気軽に死ねる社会にしようぜ!」と主張しているからである。こりゃ過激だ。文章だけならともかく、須原氏による実践もともなっているのだ。

社会通念をズバズバと痛快に切り捨て、ユーモアに富み、僕が受けた講義のように時々脱線するが、とに かく面白い本である。死を決意した人が書いたものとは思えない。と同時に、僕は大きな盲点をひとつ見つけた。それを是非とも書きたいので、ちょっと長め に内容をふりかえってみる。

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■「人生は虚無」だとか言って苦悩している人間が長々と生きて、自殺とはまったく無関係に見える幸福そうな人生の達人がいきなり命を絶ったりするのはなぜか?

後者の例として、須原氏は、ソクラテス、三島由紀夫、伊丹十三をあげる。3人とも、あらゆる幸福にめぐまれ、人生を楽しむ達人だった。そして大して悩むようすもなく、むしろあっけらかんと自決した。なぜか?

■「極み」と「高」

「高を知る」という言葉があるが、これはようするに、人生や自分の頂点がどのあたりにあるか知ることである。「極み」とは、自分が感じる幸せの頂点のこと。

「極み」をたくさん感じられる人間というのがいて、彼らはちょっとしたことで最高級の幸せ(極み)を日々感じられる人種である。だから(これは僕の言い方だが)「極み」は質の問題であって、量の問題ではない。

僕 のたとえで言うと、たとえば仲間で焼肉を食べていたり、みんなでキャンプに行ったりするのは「極み」の瞬間である。つまり、これ以上ない幸せ。3,000 円の焼肉が3万円になったり、キャンプ旅行がドバイ旅行になったりしても、僕の幸福感は大して変わらないだろう。つまりそれが僕の幸福の上限なのである。 逆に、値段やテレビの評判など、観念的なものにしばられている人はいつまでたっても「極み」を感じることができない、と須原氏は言う(このへんの発想の構造が、い かにもウィトゲンシュタインっぽい)。

楽しすぎて「もうじゅうぶんだ!」「もう死んでもいい!」という気分になることがある。ところ が老齢をすぎると、心身の衰えから「極み」を感じられることもだんだん減ってくる。先にあげた3人は、「極み」をじゅうぶんに感じられるうちに死を選んだ のではないか? そういう死に方もアリなのではないか?――というのが須原氏の主張だが、ここに盲点があるように思う。あとで論ずる。

■自然死は悲惨である

「眠るような安らかな死」とよく言うが、そんな死に方はほとんど奇跡に近い。須原氏は、さまざまな資料や自分の身内の死を取り上げて説明する。

僕にとって衝撃だったのは、本書で取り上げられていたキューブラー・ロスの 死だ。ロスは死にゆく患者のメンタルケアを初めて提唱し、ホスピスや終末医療の創始者であり、病院ではなく自宅での死をすすめ、無益な延命治療の中止を訴えた人で ある。死を間近にした何千人もの患者に寄り添い、恐れることはないと励まし、周りから「聖女」と呼ばれた。死後の世界の存在について初めて科学的な検証を試みた人物でもある。

ところが晩年、当の本人が脳卒中で倒れ、半身不随で身動きできなくなった。彼女は豹変した。

「精神分析は時間と金の無駄だった」
「愛なんて、もううんざり。よく言ったもんだわ」
「40年間、神に仕えてきて、引退したら脳卒中の発作が起きた。神はヒトラーだ」

そのようすの一部は以下で見ることができる。
http://www.youtube.com/watch?v=Tp0eYiAOsZY

何千人もの死を看取り、死の不安を取り除いてきた彼女ですら、晩年は神を呪うようになってしまう。自然死はそれだけ悲惨なものだ、と須原氏は主張する。たし かに上記動画を見ても、本人はかなり死にたがっているし、延命処置も拒否しているのに、自殺(尊厳死)だけはかたくなに拒んでいるのが少し奇妙に思えなく もない。それは彼女がいくら神を呪っても根底はキリスト教徒だからだが、須原氏いわく、何千人もの魂を救ったのに最後に自死を選んだくらいで神様は彼女を地獄に落とすのだろうか。

■武士道のように思い立ったら死ね

須原氏は、日本の武士道における切腹を例に出す。ガチガチの封建社会において、切腹こそが武士に許された唯一の自由意志だった。「いざとなったらさっさと死ぬさ」とか言いながらもダラダラ生きるくらいなら、思い立ったときに何も考えずにスパッと死ぬべきだ、と言う(ただしこのへん、武士も第二次大戦の日本兵 もいっしょくたに論じられており、僕は正直なところ「?」な部分である)。

さらに、夢中になって何かを楽しんでいるときは死の恐怖やこの世への未練なんかまったく考えないものであり、その幸福の「極み」の状態でさらっと死んでしまうのがベストだ、と主張する。

また、「魂」だとか「かけがえのない命」とかを持ち出して生きることの大切さを説明する人間たちを、以下のように切り捨てる。ちょっと長いが、秀逸というか過激すぎて笑けるので引用しよう。

「確 かに、自分の家族などに対しては『かけがえのない命』という言葉の持つ重みは誰しも感じることはあるが、外国で起こった列車事故の死者数の少なさに少しはがっかりしたり、インド洋の津波被害について、どこか面白がっているような感じで仲間と話題にしたり、介護に疲れて老親の早急の死を夢みたり、残酷焼きを喜んで味わいながら、のたうつ貝やエビにちょっとだけ同情したり、さらには畜産動物や実験動物の境涯を知って、心を痛めたりしている人間が無条件に『かけがえのない命一般』について声高に論じるのは無理であり、場合によってはそんなことを言う人は無神経としか言いようがないと思ってしまうのである。
(中略)
問題は、環境問題や現代社会の退廃を論じる文脈で、『自然』を捻じ伏せるようにして構築された人工的な環境でぬくぬくと衣食住を満たしている人間が、『大い なる自然』を持ち出すのは普通は無理ではないかと思うのである。我々は、実験動物や畜産動物の地獄の苦しみを経由した薬や食物を利用しているのである。そ して臨終にあたっては、人工的に命を縮めてもモルヒネの投与を願うかもしれないのである。そんな人間が『大いなる自然』を口にしても説得力はあるのだろう か」

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結局のところ、須原氏の生きる指針は次のようなものだった。

長年、科学とか自然とか人間について研究してきても何もわからなかったが、

「ただし、『自分にとっての自分』と『自分にとっての世界』の問題だけは、なんとか体感的に克服できているような気がしている。それは、普通人の普通の立場で ある。つまり、中途半端と非合理を抱え込んだ人間が日常語圏という共同体で、その場その場で通じる範囲内での日常語を使用して、その場限りで主張しうる圏域内だけに自分の意識が及ぶように限定できるようになっているということである」

これなんかも、もろにウィトゲンシュタイ ンくさい。僕は「わかりもしないことをわかったつもりになるな」を自分のモットーとしているが、言っていることは同じである(なぜなら僕も、幸か不幸 かウィトゲンシュタインの影響下にあるから! 実際はそこまで達観できていないが)。

(前の東北の震災だって、僕は「がんばれ日本!」なんて仰々しいことを言う気分にはどうしてもなれないのである。僕がしたことと言えば、東日本に いる友人数人に連絡を入れ、困ったときには物資を送ると伝え、昔貧乏旅行をしたときの東北の町並みや気仙沼の峠から見た星がきれいだったことを思い出し寂 しく思い、心ばかりの募金をした程度である。結局のところ僕が実感として感じられた範囲がそこまでだったからである。一線を越えて「日本よ立ち上がれ!」 てなことを言い出すと、実感を離れた空虚なものがひとり歩きしそうでこわかったのである。もっとも、政治家や著名人、宗教家、一部の医療関係者などは、そういう「大ボラ」を吹くのが仕事であり、言う使命がある)。

話を戻そう。須原氏は「自死」についてはとにかく本気なのだった。そして「後進の方々」に、自分に続けとばかりにアドバイスしている。そしてこう締めくくる。

「こ だわりを捨ててちょっと工夫すれば人生はなかなか良いものである。定年後も老後も、工夫しだいでなかなかのものである。(中略)しかし、その先は誰にも保 証できない。その頃の少し手前で考えれば充分間に合うが、しかしどこかでその先に行くことに不安になったら、その時まで本箱の隅にでも置いていた本書を参 考にしていただきたい」

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以下、僕の批判と総評である。

この本は、病と闘って生きている人やその家族にとっては、まさに神経を逆なでするような内容である。ネットを見ても、感情的な批判は少なくない。

須原氏は、自然死という選択もひとつの死に方として認めている。しかし、対極にある自死という死に方も筋が通っているにもかかわらず、現在は少数派であまりにも迫害されているので、かなり過激に主張を書いた、と述べている。それにしても、である。

でもいちおうは哲学的主張をしている須原氏に、いくら感情的に反論しても無駄だろう。そこで哲学的反論を試みる。

幸せの「極み」のところで、それは量ではなく質の問題だ、と僕は書いた。これは僕の表現だが、趣旨はずれてはいないと思う。

たとえば水泳は楽しい。ふだんあまり泳がないが、子どもの頃も現在も変わらず楽しい。普通に考えて、10代の頃よりも現在のほうが明らかに体力が落ちているはずだが、もとから気にしていない。だから楽しい。泳ぐことの「極み」を感じている。

だ が、あるレベル以上まで行った水泳選手となるとそうは行かないだろう。20代半ばをすぎた頃から徐々にタイムが落ち始め、絶望的な気分になる かもしれない。須原氏の考えに基づけば、これは「タイム」という量的なものにこだわるから楽しくない、「極み」を感じられないのだ、ということになる。

ところが須原氏が、老衰すると徐々に「極み」を感じられなくなる、と言うとき、本来は質的なもののはずだった「極み」が、量的なものにすりかわっているように思えるのである。

心身が衰え、歩ける距離が短くなり、思考が鈍くなっても、量的な側面を気にしなければ「極み」が減ることはないのではないか。歩く距離が半分になっても「散歩」が「散歩」であることに変わりはないし、思考が鈍っても「将棋」は「将棋」として楽しめるはずである。

先述の動画で、キューブラー・ロスの若い友人がインタビューに答えている。ふたりはよくポップコーン片手にビデオを見て、「ジョニー・デップはかっこいい」とか、ガールズトークで盛り上がったという。身体が動かなくなっても、友人と映画を見ている瞬間に彼女はひとつの幸せの「極み」を感じていたのではあるまいか。

も ちろん、年老いてなおも「極み」を感じ続けるためには、思考の切り替えが必要である。だが不可能ではない。須原氏は単純に、年老いていくことを恐れすぎたので はないかと感じる。もっとも、だからと言って彼の「自死もひとつの選択肢として認めるべきだ」という主張をくつがえせるわけではない。

もうひとつは、ちょっとマニアックな解釈である。

須原氏は本書で、死ぬ前に読みたい本として、夢野久作の『近世快人伝』をあげている。なぜに夢野久作?と僕はちょっと首をかしげたのである。夢野久作のもっ とも有名な小説といえば『ドグラ・マグラ』だろう。この怪奇小説には、正木博士というマッド・サイエンティストが登場する。

かつて中国に、自分の妻を殺してその腐っていく過程を描き残した、狂った画家がいた。正木博士はその子孫を見つけ出し、自分とのあいだに息子をもうけた。先祖の血を継いだ息子が、同じように狂って死体の絵を描くかどうか、実験するためである。まさに人生をかけた大実験!

須原氏が、本書と自死の決行とを「哲学的プロジェクト」と呼ぶとき、どうしても正木博士のイメージがだぶってしまうのである。須原氏自身、このプロジェクト の遂行にかなりワクワクしていたようすが本書からうかがえる。彼は哲学書を書き下ろし、その主張のとおりに死んでみせることで、人生をかけて「哲学者とし ての『極み』」を体感しようとしたのではあるまいか。

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須原氏の自死を僕は否定はしない。自ら死んでいった者について何を言っても無意味だ。

家族がかわいそう、という意見もあるが、寝たきりになって意識もない肉親を見守り続けるのがいいのか、あるいはピンピンしているうちに笑顔で去っていくほうがいいのか、それは家族が実感としてどう感じているかに尽き、それ以外にはありえない。

須原氏の息子が最後にこう書いている。

「父の自死からしばらくして、私たち家族が出した結論は、『父にもう会えないのは寂しいが、悲しむことではない』ということです」

「生きる意味」などというトリッキーな問題を考え出すととたんに哲学的ドツボにはまる。別の哲学者・中島義道が「人生は無意味なのになぜ生きなければならないのか」という学生の切実な問いかけに対し、こう答えている。

「人生は無意味だ。でもあなたがいなくなると僕は寂しい」

まあ、これが一番ミニマルで、でも一番体感できる「死なない理由」なのかもしれない。

須原氏とは僕は講義以外では接点もなく(講義もかなりサボっていた)、向こうも僕のことなど記憶の片隅にも残っていなかっただろうが、僕は「もったいない」とい う思いがぬぐえない。これだけ面白い本を書く人だ。昔よりもさらに文章はさえわたり、切れ味も鋭くなっている。何よりユーモアのセンスが卓抜している。生きていれば、まだまだ面白い本を書いてくれただろうに、単純に「もったいない」と感じる。

それだけ本書は僕にとって面白かった。生と死の問題にとどまらず、さまざまな示唆に富んでいた。とにかく久々に出会う、ドーパミンがドバドバあふれ出すくらい刺激的な本であり、いまだ興奮さめやらず、だからこんなに長い文章を書いている。

で、 この本をみんなに読んでほしいと思ったのである。全体的に読みやすい内容であるが、哲学がニガテな人は、最後の9章、10章あたりから読んでもらってもか まわない(須原氏による、死を決行するまでの約1年間の日記風文章がある)。そして読んだ人の反応を見たいのである。

決して「良薬」ではなく、「劇薬」と「麻薬」と「毒」と「ほとんど試験されていない新薬」をチャンポンにしたような本であるが、それなりの読み応えはあるはずだ。

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 (後記)

上記の文章を書いたのはもう5年ほど前だが、その後巡り合わせで、須原氏にごく近しかった方にお会いする機会があった。『自死という生き方』は暗さの微塵もない、軽快な語り口の本である。だから僕も、神妙な顔つきで語るべきではないと思った。でもいきおいあまって、ちょっと不躾に、土足でこの話題に踏み込んでしまった気がしている。

それはお話ししている途中で気がついた。哲学的大プロジェクトであろうと、筋が通っていようとなかろうと、身内にとっては実はまったく関係ないのである。「自死」であろうと事故死や病死であろうと、喪失感の深さにちがいがあるはずもない。たとえ頭では理解したとしても、納得のいかない寂しさが消えることはない。僕はあまりにも哲学的な「遊び」として本書を読んでしまっていた。だがたいていの場合、哲学的結論よりも日常的な感覚のほうが正しいし、またそうでなければならない。

結局のところ、老衰死がもっとも「おだやか」な死に方ということになるだろう。年をとり行動範囲も狭まり、人前に出ることも減る。みんなの心からゆっくりと忘れ去られていく。自らの死について冷静に考え準備できるほどの聡明さももはやなく、要介護で家族の厄介になり、内心では疎ましがられ、数年という歳月をかけてゆっくりと向こう側へ旅立っていく。

「この年まで好き勝手なことして生きて、もういつ死んでもええわ」。年配の友人らが時々口にする。僕は同調しながらも、どこか違和感をおぼえる。

自分の死について語ることは実は不可能である。経験するのは他人の死ばかり、自分の死は、少なくとも生きている限りは決して理解できない。「いつか死ぬからこそやりたいことをやって生きなければならない」。流行の歌に出てきそうなフレーズ、でも「いつか死ぬのならやりたいことをする必要もない」、まったく逆の結論を導き出すことだってできる。

結局、自分の死についていくら語ったところで、ファンタジーの域を出ないのだ。自分の死は原理的に問題にできない。この「決して問題にできない」、まさにそれこそが、自分の死が大「問題」であるゆえんである。それを噛みしめなければならない。

本書は自死という哲学的テーマについて語っているようでいて、つまるところは須原氏が自死を決意してから決行するまでをどう生きたかを記録した本であり、生きている人間にはそのようにしか理解し得ない。

自分がいま、どうなのか。そして次に(1秒後に、あるいは明日目が醒めたら)何をしたいのか、何をするべきなのか。最後に意識が消える瞬間までただそれをくりかえすだけだ。自分そして自分と関わりを持つ人々の「日常語圏」から逸脱せずに生きるとはそういうことだと、今では思っている。

(2016/7/21改)