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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

2.子ども扱いされるの巻

 いったいどこで道をまちがえた? 何がいけなかった?

 僕に落ち度はないはずだ。僕はがんばった。2浪してようやく念願の理工学部に合格したのだ。たしかに、たいした大学ではないかもしれない。京都の仏教系大学が数年前に新設した理工学部。レベルも知名度も低い。

 でも僕は胸をはってもいいはずだ。高校では文系クラスに在籍していた。理数系の科目は大の苦手で、4つ同時に赤点をとったこともある。そんな僕が一転して理工学部を目指そうと決めたのは卒業も間近に迫った頃で、それから2年間、僕はひとりで戦った。予備校に通って、微分積分や代数幾何や物理学なんかを一から勉強しなおした。授業はサボりがちだった。定理や方程式や化学式を嫌悪さえしていた。それでも理工学部に行くという目標に固執し続けたのにはわけがあった。

「科学者になるぞ!」

 そんな夢を抱くに至った経緯については、ここではひとまずおいておく。2年がすぎた春、すべりどめのつもりで受けた大学から合格通知が舞いこんだ。結局そこしか受からなかった。それでも僕は満足していた。なにはともあれ、僕のサクセスストーリーはようやくスタートを切ったのだ。

 周囲の反応は冷めていた。大学の名前を聞いて、中学時代の友人は寝ぼけたような表情をした。

「そこって……たしか○○ちゃんも行ってる大学やで」

 かつては学年の首位争いをしていた高野君がどうしてそんな大学に?とでも言いたげだった。おまけに、彼が名前を口にしたその○○ちゃんとはお調子者で通っている中学時代の同級生で、僕とはそりがあわなかった。いっしょにするな。他の連中と違って僕には崇高な使命があるのだ。

 でも、家族の反応はもっと冷たかった。

「そんな三流大学に行ってどうするんや」

 大学も企業も一流ブランド志向で凝り固まった父は、晩酌のウイスキーをすすりながらため息混じりにつぶやいた。大学院に行きたい、と僕はためらいがちに言った。返事はなかった。

 僕は一瞬萎えかけたが、すぐに気持ちを持ち直した。大学院に行くとしてもまだ4年も先の話だ。そのときになって考えればいい。さいさきはいいぞ。苦労してひとり勉強を続け、三流大学から成り上がっていった有名科学者! 僕はまるでアインシュタインのようではないか。アインシュタインは大学時代あまり勉強ができなかった。大学を出てからは小さな特許事務所に勤めながら、後にノーベル物理学賞をとることになる科学論文をコツコツと書き上げた。僕はアインシュタインの青年時代と自分とを勝手に重ね合わせ、ひとり悦に入っていた。

 それから入学までの1ヶ月間は、毎日遊びまわってばかりいたように思う。悪友たちと麻雀をし、部屋に真っ白なモヤがかかるまで煙草を吸い、また懲りずに麻雀を続けた。『社会科学研究会』の連中からは一通のハガキが届いた。「キタル○月○日、高野淳―郎君ノ入学記念祝賀会ヲ決起スル。主賓タル高野淳―郎君ハ、飲食費交際費等金品ノ持参ヲ一切禁ズル」。僕らはカラオケボックスで狂ったように熱唱し、ビールやウイスキーをコーラでも飲むみたいに胃に流し込み、夜明けの歓楽街を練り歩いた。だがそうしているあいだにも、現実というやつは音もなくゆっくりと、僕の成功イメージを侵食し始めていた。

 理工学部は山奥にあった。

 京都の大学だから、理工学部も当然京都にあるものとばかり思っていた。しかし実際は滋賀県にあった。京都市からトンネルをふたつ抜け、普通電車に乗り換えてようやく降り立った地方都市からバスで15分走った山道のつきあたりにあった。どっちを向いても山と森しかなかった。その中にまぎれるようにして、拝金主義のかおりただよう豪華絢爛なタイル張りの校舎がまるで蜃気楼のようにポツンと建っていた。はるか上空をトンビが円を描いて飛んでいる。

 僕は大学の学生課へ足を運んだ。大学に入ったら一人暮らしをしようと決めていた。裏町の片隅の朽ち果てそうなボロアパートでくりひろげられる甘く切ない学生生活! 僕は七〇年代四畳半フォーク的世界にあこがれていた。入学書類に『下宿先をお探しの方は学生課でお気軽にご相談ください』とあったので、迷わずそこへ向かったのだ。

 カウンタで応対に出たのはパンチパーマのおっさんだった。

「君、実家はどこや」

 不気味な微笑だった。そのくせ見下すような言い方だった。大阪です。僕は小声で答えた。

「大阪やったら大学まで通えるやろ。2時間弱や。一人暮らししたら親御さんにどれだけ負担かけるかわかってるんか? 親もと離れて遊び呆けようと思ってるんかしらんが。なあ君」

 おっさんの背後ではふたりの女性職員がデスクにつき、互いに目配せをしてクスクスと笑っている。顔がだんだん火照ってくるのがわかった。僕は話を早々と切り上げ、大学をあとにした。校門からまっすぐに伸びる一本道を逃げるようにしておりた。混乱していた。おかしい。大学は志高き若者たちが集う自由の砦ではなかったのか? あのおっさんの態度はなんだ。まるで小学生をあしらうみたいにいばりくさりやがって!

 駅前に到着した僕は不動産屋へと向かった。下宿を探してるんです。スポーツ刈りの若手社員は営業スマイルで答え、何冊ものバインダをめくり、あちこちに電話をかけた。不動産屋の社用車に乗せられ、連れて行かれた先は京都市の山科区だった。

 大学とは山ひとつ隔てている。三方向が真っ黒い山々で囲まれ、何もかもが古くさく灰色に見える街だった。案内されたアパートは畑に面していた。ボロかった。風呂なしの和室六畳間。共益費込みで家賃3万2千円也。

 僕はそこで暮らすことに決めた。

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