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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
4.お茶菓子を出されるの巻おかしい。何かがずれ始めていた。夢に思い描いていた理想の大学生活のピントが合わなくなり、徐々にぶれ始めていた。無理もない。入学式でいきなり聖歌調のお経を聞かされたら腰くだけになって当然だ。誰だってそうなるはずだ。 でも、他の学生に確認してみるチャンスはすぐにはやってこなかった。だから僕はひとりで戦いを続けた。このままだと無気力大学生への道まっしぐらだ。それは自分にとっても全世界にとってもゆゆしき事態だ。僕は偉大な科学者になるためにこの大学にやってきた、そしてこの息苦しい世界に革命を起こすのだ。それを忘れるな。 授業が始まるまでまだ1週間あったが、僕は何度か大学に足を運んだ。ひとつには履修説明会とやらに出席するためだった。所属学科別に部屋をふりわけられ、講義の取り方や単位制度についての説明を受ける。僕のモチベーションは徐々に回復した。いいぞ。いよいよ本格的に勉強の話になってきた。大学がどんなにうさんくさくとも、授業の質さえしっかりしてさえいれば僕はいっこうにかまわないのだ。お経はお経で勝手に流しておいてくれ。 ところが説明会の最後になって、職員のひとりが壇上にあがり、訳知り顔でこんな言葉をたれた。 「それではみなさん、大学に入って浮かれている人、逆にこんな大学に入りたくて入ったんじゃないとくやしい思いをしている人、いろいろいるとは思いますがね、気をとりなおして4年間がんばってください」 僕は愕然とした。味方だと思って近づいていったらいきなりげんこつで殴られた、そんな気分だった。たしかに僕はもっとレベルの高い大学を目指していた。こんな大学に入りたくて入ったんじゃない。でもそれを、おまえごとき一職員に指摘される筋合いはないぞ。そもそもおまえにはプライドというものがないのか、あろうことにも自分が勤務する大学を「こんな大学」呼ばわりしやがって、ついにボロを出したな。それじゃあ自ら三流大学であることを認めてしまったのと同じではないか、この三流大学職員め。 その日は午後からクラス懇親会があった。クラス? この大学はなぜか学生5、6人ずつのクラスに分かれているらしいのだ。義務教育でもあるまいに。クラス単位で何かをするというわけではないが、ようするに学生の生活指導を行き届かせるためのシステムらしい。まあいいだろう。他の学生がどんな連中か確認するいいチャンスだ。 指定された場所に行くと、そこは「担任」教授の研究室だった。すでに何人かの学生が廊下にたまっている。同じクラスの連中だな。しかし女の子がひとりもいないではないか。それにみんななんだか覇気のない目つきをしている。会話はない。だいじょうぶか。 やがて僕らは研究室に招き入れられ、パイプ椅子にすわらされた。事務テーブルには人数分のコーヒーカップとお茶菓子が並んでいる。夏目漱石みたいな鼻ひげをはやした教授が僕らに向き合ってすわり、やあよく来たね、大学生になった気分はどうですか云々と、フレンドリーをよそおった笑顔で話し出した。自己紹介するように言われ、端から順番に口を開く。高井、高嶋、高橋に高山。みんな名字に「高」がつく。畜生、あいうえお順でクラス分けしやがったな。もう少し芸のあるわけ方はなかったのか。 そのあとは教授だけが一方的にしゃべってばかりいる。みんなうつむき加減だ。口数は少ない。緊張しているのか。僕はというと教授に迎合するのもいやだし、かといって無愛想なやつだと思われるとあとあと具合が悪いので、笑ったような怒ったような変にこわばった顔をしてうなずいてばかりいた。 やがて教授は思い出したように、でも実際は周到に用意していたと思われるこんな質問を投げかけた。 「それはそうと、みなさん、それぞれ大きな夢を持って大学に入ったと思います。それを私に聞かせてくれませんか」 右端から順番に、みんなが仕方なさそうに答えていくのを僕は黙って聞いていた。 「できれば一流企業に勤めたいです」 ひとりが答えるたびに、僕の脱力感はガクン、ガクンと大きくなった。なんだそれは。それでも夢といえるのか。僕の夢を聞かせてやるとこいつら目をむいて驚くにちがいない。でもそれくらい途方もなくて初めて夢は夢と呼ぶに値するのだ。 僕の番になった。視線が僕に集中する。僕は一瞬ためらったあと、はっきりとした口調で、 しまった。偉大な科学者になるのではなかったのか。僕のあまのじゃくな性格が顔を出したのだ。たしかに僕は高校の頃から遊び半分で小説を書いていて、決して嘘ではないのだが。とにかくあまりにも場にそぐわない僕の答えで、研究室の空気が奇妙な方向にゆがんだ。緊迫した空気とかそんなものではなく、なんというか腐ったバナナが自分の重みに耐え切れずにヘナリと崩れ落ちるような、そんな雰囲気がただよった。結局「でも赤川次郎だって工学系の学校を出ているしねえ」と教授が苦しまぎれのコメントをして、懇親会は終了した。 同じクラスの連中はなかなか帰ろうとしなかった。1階のロビーにたまり、にやつきながらどうでもいい世間話を延々と続けていた。友達づくりというわけか。どうしたんだ諸君! 僕は声を大にして言いたかった。 自由な世界が目の前に広がっているというのに! でも誰も帰ろうとしない。まるで、扉が開いているのに逃げようともせず、カゴの片隅にかたまってみみちくさえずり合っているセキセイインコの集団のようだ。 ひとりさっさと帰ってもよかったのだが、友達もなく4年間を過ごすというのも心もとない。それにここで僕の存在を印象づけ、うまくいけば啓蒙してやることも可能かもしれない。 僕は会話のスキをねらって入学式の感想を話した。お経を歌うコーラス隊に坊主のかっこうをした学長、いくら仏教系の大学とは言えやりすぎではないのか、と。すると連中は、まるでタイミングを合わせたかのように同時に「ははは」と笑った。どうやら笑わせる「ネタ」として受け取られたようだ。自分の居場所がないと感じた瞬間だった。 それでも苦労して会話を続けているうちに、僕はあることを知った。 連中はみんな、高校を卒業してそのまま現役で大学に入ってきていた。 2浪した僕ひとりだけ、2歳年上だった。 |
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