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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
5.洗脳攻撃にさらされるの巻数日後にはオリエンテーションの一環として新入生全員参加の合宿旅行があった。理工学部と社会学部の共同合宿だ。しかしどうしてこうも団体行動させたがるのだ。大学に入れば自由を満喫できるものとばかり思っていたのに。 大学に行くとバスが何台も並んでいて、すでに人ごみができていた。心細げな表情をした新入生たちのあいだを、ひときわこまめに動き回っている連中がいる。 「機械工学科のみなさんはこちらに並んでくださーい!」 あいつらは新入生じゃない。たぶん2回生・3回生のボランティアたちだ。声が元気だ。さわやかな笑顔だ。瞳がいきいきしているぞ。俺たち新入生をダシに勝手に青春を謳歌しやがって。ありがたくもなんともないぞ。 「順番に名前と学籍番号を言ってね!」 バスに乗り込むと、やはりハツラツとした女子学生が最前列にすわって点呼をとっていた。浅黒く日焼けした指先で名簿に手際よくチェックを入れていく。僕は指定された席につくと、シートのカバーごしに彼女の横顔を眺めた。なぜか気になった。やがて僕の記憶の中で一瞬鈍い火花が散った。 あの顔には見おぼえがある。あいつだ。いまやはっきりと思い出した。中学時代に「ゴリラ」のあだ名で呼ばれていた僕の同級生ではないか。仲が良かったわけでもなく、単なる顔見知りにすぎないのだが、それでもわずかに気持ちがなごんだ。ひとり暮らしを始めて以来、ひさしぶりになじみの顔に出会ったという安堵感だった。この際ゴリラでもなんでもいい。 満席になったバスが走り出す。向こうは僕の存在に気づいていないようだ。あとでちょっと声をかけてみるか。含み笑いを浮かべながらそんなことを考えていたら、彼女は後ろを振り向いて立ち上がり、マイクを握って声高く話し出した。 「それでは今日と明日の2日間、キミたちのご案内役をつとめさせていただく社会学部3回生の○○です! みんなよろしく!」 3回生? そうか、向こうは現役で大学に入っているのだ。しかし完全にバスガイド気取りだ。しゃべり出したら止まらない。今日のスケジュールに加え、この合宿旅行が「友達づくり」をするにあたっていかに重要なイベントか、これからの大学生活にどんな重大な影響をおよぼすかをとうとうと力説する。表情は笑顔だがほとんど命令に近いモノの言い方だ。バスガイドというより保母さん気取りか。新入生を徹底的に子どもあつかいしている。そういう態度が露骨だ。 僕はというと、声をかけようという気持ちはすでにどこかへふっとび、シートの影に首をちぢこませてじっとしている。見つかるな。中学では神童と呼ばれていたこの俺が、あの「ゴリラ」の後輩になったなんてことが世間に知れたら。物笑いの種だ。考えただけでゾッとする。とにかく気づかれないようにするんだ! それからあとはある意味で地獄だった。バスが到着したのは人里離れた滋賀県の山奥だった。冬場はスキー場として使われているんだろう、森の中に岩山のように巨大なロッヂが建っている。今夜の宿だ。 全員ホールに集められ、さあこれからどんな凄惨なシゴキが始まるのかと思っていたら、ひとりずつ「名産・壁掛けハンガー木工セット」なるものをプレゼントされる。それから1時間、各自で黙々と組み立て作業だ。それが終わったら新入生全員参加のゲーム大会だ。フルーツバスケットに古今東西、ハンカチ落としにあっちむいてホイ、ボランティアどもが徹夜して考案したと思われる複雑怪奇なジャンケンゲーム。それを何時間もやらされる。ホールの中を反響する歓声。飛び交う怒号。まるでひとつの生命体のようにうねる無数の黒い頭。北朝鮮のマスゲームも真っ青だ。そうか、これが「友達づくり」なんですね先輩! しかし何よりもつらかったことは、こんな馬鹿げたお遊びに参加しているうちになんとなく楽しい気分になってしまって、知らず知らずはしゃいでしまっている自分を見ることだった。これは一種の洗脳だ。チャラチャラしただけのアホで無気力な大学生がこのようにして大量生産されるのだ。毒されるな。僕には崇高な目的と使命があるのだ。アホな大学生になりさがってしまうくらいなら、何者をも寄せつけない孤高な一匹狼であれ。 しかし僕はもはや自分の制止がきかなくなっていた。夕食の時間。すき焼きの用意が和室広間にずらりと並ぶ。僕はもともと牛肉を生煮えのまま食べるくせがあって、その日もまだかすかに赤みがかった肉を何気なく口に運んだ。向かいにすわっていた社会学部の連中がそれをめざとく見つけ、大声でつっこみを入れた。 「おいっ、こいつ肉をナマのまま食ってるで!」 これがいけなかった。引っ込み思案な性格からか、僕はこうして他人にかまわれると無性にうれしくなってしまうのだ。そんなことないで、と僕は平気をよそおって言うと、次の肉もまだ赤いまま口に運んだ。社会学部の連中はここぞとばかりにつっこみを乱発し、大騒ぎをはじめる。しめた、と僕は内心ほくそ笑む。しかしそのさらに奥底では、ドロドロとしたやるせなさがまるでヘドロのように堆積しはじめていた。 |
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