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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
7.先輩ヅラされるの巻大学の講義が始まったものの、残念ながらというかやっぱりというか、退屈きわまりないものだった。ある教授は1回目の講義を丸ごとつぶして就職活動の話をした。90分の話を要約するとつまるところ、我が校の理工学部は歴史も信用もなく、4回生は職さがしに悪戦苦闘している。講義の成績が就職先のランクに直結するものと思っていまから必死で勉強するように云々、とう話だ。またこれか。中学に入れば高校受験、高校に入れば大学受験、そして今度は就職活動ときた。これでは鼻先にニンジンをぶらさげられて走る馬車馬と同じではないか。先生、僕はいつになったらニンジンにたどりつけるのですか。 別の教授は訳知り顔でこんなことも言った。 ――これから教える公式が正しいかどうかなんて、理由を考えるな! とにかく覚えろ! 覚えて使いこなせ! 理屈をこねくり回すのは数学屋にまかせておけばいい! 公式を使ってモノを創り出す我ら機械屋のほうがエライのだ!―― 数学屋とは数学者、機械屋とは工学者のことだ。ちょっと待ってください、僕は人類の、宇宙の真理を究明するために大学に入ったんですけど。 これで講義の質が高ければ僕はまだがまんした。だがいきなり、高校1年レベルのさんすうからスタートしたので僕はガクッと頭をうなだれ、そのままお昼寝モードに入った。大学のレベルを下げている張本人は教授、おまえ自身ではないか。学生が学生なら教授も教授だ。お互いさまだ。 同級生とはやっぱり話題がかみ合わなかった。僕はもっと人工知能の将来だとか最先端宇宙論とか、そういうアカデミックな議論がしたかった。そして理工学部とはそういう場所だと思っていたのだ。ところが連中が話す内容といったら、ファミコンゲームを何面までクリアしたとか風の谷のナウシカはかわいいとか、そういうオタクなテーマばかりでアカデミックの微塵もありはしない。 だから僕はいつもひとりで大学図書館に行っては『ロボット工学概論』だとか難しそうな本をひっぱり出して読んでいた。内容はあまり理解できなかった。でも少なくとも何かアカデミックなことをやっている気分にはなれる。 一度、例の「チンメ」と図書館で出くわしたことがある。 「おっ、ヘビー、ひとりで自習とはエライやん。何読んでるん?」 チンメはにやつきながら僕の肩越しにのぞきこんだ。僕は本の表紙を見せてやった。ツッコミどころがないと判断したのか、チンメは「へえ」と気の抜けた返事をし、なんだかたまらなく不安げな表情をして去っていった。 図書館を出ると、噴水がある広場で学生たちが騒いでいた。ここ1週間ずっとそうだ。色とりどりのプラカードやのぼりを手にして、通りがかる新入生たちに声をかけている。 「新入生のみなさん、マンドリンサークルに入りませんか!」 僕はサークルなるものを馬鹿にしていた。しょせん単なる仲良しクラブ、夢も目的もない連中が大学生活をなんとなく有意義だと錯覚するためのまやかしにすぎない。だが、そんな無意味な世界に一度身を投じてみるのもいいかもしれないと、僕はそのときふと思った。 入るとすれば音楽系のサークルか。ギターなら弾ける。小説書きの自分としては文芸サークルでもいい。イベントサークルはさすがに馬鹿らしいが、多くの女学生どもとお知り合いになれるという点では僕の文学の肥やしになるかもしれない。 僕は勧誘しているサークルのいくつかにさりげなく近づいていった。いかにも、自分は興味はないのだが勧誘につかまってしまった、というそぶりで。 だが話は3分ともたない。飽きてしまうのだ。連中はギシギシと笑みを浮かべながら、自分のサークルがいかに素晴らしいか、どんなメリットがあるかをとうとうと語るのだが、僕にはどうしても魅力的に聞こえなかった。むしろ連中の官僚的・排他的な体質が笑顔の奥に見え隠れするような気がした。調子いいことばかり並べているが、こいつら本心でそう言っているのか? 本当は楽しくもなんともないんじゃないか? サークルという組織に組み込まれそこから抜け出す勇気もなく、ならばいっそ道連れを増やそうとして俺を勧誘しているのじゃないか? だが、そんな中でひとつだけ、僕の気をひいたサークルがあった。片隅にテーブルを出し、無表情な男二人がうつろな瞳でこちらを見ている。テーブルに貼られたわらばん紙にはこうある。 『サイエンスサークル』 僕はすべてを理解した。そういうことだったのか。崇高な使命を抱いた学生たちはこうしてサークルを作って、大学とは別に独自の研究をひそかに続けていたのだ。僕は息せききって二人に話しかけた。 「どんな活動してるんですか」 話は決まった。僕はその場で入会を申し込んだ。数日後に新歓コンパがあるというので、僕は期待を胸に出かけた。まずは京都の飲み屋で宴会。一気飲み。それが終わると今度はカラオケだ。いきおいづいてそのままボーリングだ。 何の変哲もない普通のコンパだった。せいぞろいした20名の部員たちはみんな目が死んでいた。僕の同級生らとは比較にならない真性のオタクどもだった。だが僕はまだ信じていた。こんな馬鹿げたコンパの背後に、濁ったその瞳の奥に、宇宙の真理を解明しようとする孤高なミッションが眠っているはずだということを。僕はいい気になった。こいつらとは仲間になれると思った。最初は遠慮して敬語でしゃべっていたのだが、コンパが終わる頃にはすっかりタメ口を使っていた。 でもなぜか、僕を見つめる連中の目つきがおかしい。どうした? 僕がタメ口だからか? なんだこいつら、先輩に向かってタメ口を使うのがそんなにいけないのか! 何を隠そう、オレは2浪してるんだぞ! おまえらが崇めるサークルの部長様と同い年だぞ、悪いか! 「俺、実は2浪してるねんなぁ」 僕はヘラヘラと笑いながら独り言のようにつぶやいてみせた。その場の空気が一瞬にして凍りついた。ようやく、僕の『先輩』のひとりが手もみをしながら、さっきまでとはうって変わった態度でつぶやいた。 「そうかぁ、そうやったんかぁ・・・・・・。ははは、そうやったん・・・・・・ですかぁ」 彼はひたすらこわばった笑顔を浮かべるだけで、次の言葉が続かなかった。 その後、僕はミーティングに1回出席しただけで、それきりサークルには行かなくなった。 |
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