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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

9.女をあてがわれるの巻

 その日も僕は社会学部の連中を食堂で見つけ、輪にもぐりこんで無駄話をしていた。やがて女どもは帰った。いつだってそうだ、仲良くなれる前にお別れの時間がきてしまう。残るは僕を含む男5人となった。

「カラオケでも行くかぁ」

 ひとりが椅子にふんぞりかえり、背伸びをした。そうか、こいつらはもう今日一日フリーなのだ。

「師匠はどうする? いっしょにカラオケ行く?」

 僕は悩んだ。僕もちゃんと誘ってくれたということに対する安堵感もあった。でも悲しいかな、僕は夕方の講義が残っている。出席しておかないとまずい講義だ。畜生、理工学部はどうしてこんなにも講義が多いのだ?

 でも断るわけにはいかなかった。これはきっとテストだ。通過儀礼だ。ここで断れば、しょせん僕がよそものにすぎないことを証明してしまうことになる。でも僕がここで「よし、行こう」とさわやかに答えれば、僕たちの距離は一挙に縮まり、友情が急激に深まるにちがいない。

「よし、行こう」

 僕はさわやかに答えた。話は決まった。僕たちはバスに乗り込んだ。電車に乗り換え、商店街がある3つ目の駅で降りた。田舎の大学だとカラオケに行くのも一苦労だ。

 僕は自分の歌声を是非とも連中に披露しておく必要があった。大学に入るまで僕はストリートシンガーをきどっていた。ギターケースをかかえて街にくり出し、駅のコンコースなんかで歌っていた。自慢するつもりはなかったが、僕の多才ぶりを示すエピソードとしてそのことを連中に話したことがあった。いまこそ自分の才能を見せつけてやるときがきたのだ。

 ボックスに入るなり僕は最初に曲を入れた。18番、佐野元春の『Someday』だ。音楽が始まった。音程をはずすな! 歌詞をまちがえるな! 僕は画面を凝視し、東海林太郎ばりの直立不動のまま歌い切った。完璧だ。

 連中はまるで新人タレントを吟味する審査員のような目つきで、ビニールのソファに並んですわっている。

「なかなかうまいやん」

 リーダー格のショウイチ――そろそろ『連中』に呼び名を与えてやってもいいだろう――が印象論を述べた。

「うん、声がしっかり出てる。いけるね」

 タキタが妙に力をこめながら、口もとを子リスみたいにモゾモゾと動かした。

 でもそれだけだった。あとのふたり、コウヘイとシバは自分の選曲に没頭していたし、実際すぐに次の曲がはじまった。こうして僕たちは、ひとりが歌っているあいだに残りが曲を選ぶという、カラオケにありがちなけだるいローテーションに埋没していった。

「ところで師匠は彼女おるん?」

 コウヘイがきいてきた。僕はとっさに、

「いまはいないねぇ」

 意味もなくなごやかな笑顔をつくった。本当は生まれてこのかた女性と一度もおつきあいしたことはないのだが、大したちがいはない。

 みんなちょうどカラオケに飽きはじめていた頃だった。残りの3人も話に加わる。社会学部の女の中で誰がタイプか? 僕は極力すました表情をつくりながら何人かの名前をあげた。でもそのたびごとに、「ああ、あのコはあかんわ、もう彼氏おるから」「そのコもなぁ、もうちょっと早かったらよかってんけどなぁ」という返事がかえってくる。入学してわずか1ヶ月、社会学部ではカップルが田植え期のミジンコのごとく大量発生しているらしかった。なんという単純な生き物だろう。

「そうや、エリコはどうやろ」

 思い出したようにショウイチが言った。

「そうやな、エリコまだ男おらんしな。それにかわいいやん。な、師匠もそう思うやろ? エリコがいい。エリコで決まり」

 僕の気持ちとは関係ないところで勝手に話が進んでいく。どうやら僕とそのコをくっつけようという目論見らしい。はっきりと拒否しなかった僕も悪いのだが。いや、正直に言うとまんざらでもなかった。エリコさんのことは知っている。かわいいし明るいしセックスアピールもある。問題はあの性格だ。気が強いというか男勝りというかじゃじゃ馬というか。上級者向きだ。僕に乗りこなせと言うのはちょっと無理なんではないかい?

 でもショウイチはすでにカラオケボックスを飛び出していた。電話をかけに行ったのだ。内心あわてふためいているうち、

「エリコ家におったわ。すぐに来るって」

 ショウイチはにやつきながら戻ってきた。女の子の電話番号を知っていること自体僕はうらやましくて地団太を踏みたかったのだが、顔には出さない。動揺を見破られるな、平静をよそおうのだ。こうなったらもう覚悟を決めるしかない。それに万が一、万が一ってこともあるではないか。

 それからあとは、猛スピードの滑走を始める直前の、あのジリジリと上昇していくジェットコースターに無理矢理乗せられているような気分だった。歌のローテーションは続いた。でも歌っているうち、酸欠なのか過呼吸なのかよくわからないがだんだん吐きそうになってきた。そして30分後、

「きゃー」

 ヒラヒラと頼りなげなスカートをはいたエリコさんが、意味不明の叫び声をあげながらカラオケボックスに飛び込んできた。

 ジェットコースターは地獄の滑走をスタートした。

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