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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
10.パンツを見せられるの巻ガンダムの操縦席にはじめてすわったときのアムロの気持ちがわかるような気がした。エリコさんの登場と同時に、僕は自分自身のからだをどう操縦すればいいのかさっぱりわからなくなってしまったのだ。 足は組んでおくべきか、いや、きどっているように見えるかもしれない、かといって大股開きをしていると偉そうだ。手はどうする、やはりスタンダードにひざの上においておくべきか、腕組みでもするか。そもそもどっちを向いてすわっていればいいのだ、そっぽを向くのも失敬だし、かといってエリコさんの顔を真正面から見るのも意味ありげでいやだ。そうだ顔、話すときは顔のどこを見たらいいのだ、やはり目を見て話すべきか、だが右目と左目のどっちだ、あるいはその中間をとってエリコさんの鼻のあたりを見ながらしゃべるべきか――? このように僕は操縦席でひとりあわてふためいていたのだが、表面上は決してそうは見えなかっただろう。僕は微動だにせず、まるで壊れたロボットのようにソファにすわって虚空を見つめていた。 「あっ、師匠も来てるんや」 エリコさんがはじけたように言った。僕は「うん」と言ったか「ああ」と言ったか。とっさに何か返事をしたはずだ。とにかくチャンスだ、会話のきっかけができた。話題をつなげ。言葉のキャッチボールをするのだ。 でも次の一言を必死になってさがしているうちに、エリコさんは他の男連中と世間話をはじめた。言葉の弾丸と笑い声が飛び交う。僕にはわからない社会学部の話題だ。楽しそうだ。僕にどうしろというのだ。あの会話のじゅうたん爆撃の中に裸一貫で飛び込んでいく勇気も自信もない。第一おまえらいったいどういうつもりだ。エリコさんと僕とをくっつけようと言い出したのはおまえらではなかったか。僕をサポートするどころか、僕をないがしろにしてエリコさんと馬鹿話をくり広げている。もうちょっとこう、会話をこっちにふるなり援護射撃をしてくれてもいいようなものだ。 僕はカラオケのリモコンを手にした。そうだ歌うのだ。僕にはストリートミュージシャンとしてならしてきた経歴があるではないか。会話のコミュニケーションができないなら歌で自己表現すればいい。 僕は18番、佐野元春の『Someday』を入れた。イントロが流れはじめる。さっきよりも抑揚をつけ、大げさなくらいに感情移入して最後まで歌い切った。完璧だ。 だが音楽が終わって聞こえてくるのはあいかわらず、エリコさんと男どものふざけた笑い声だった。僕は気づくのが遅かった。連中はとっくにカラオケに飽きていたのだ。それを裏づけるように、誰かが、これからどこか飲みにいこうと言い出した。コウヘイの家で宴会しようということで話はまとまり、僕たちは外に出た。いや正確には、勝手に次の予定を決めた連中に僕はオロオロとついていくことになった。 「なんでしゃべらん」 誰かが僕の耳もとでささやいた。タキタだ。援護射撃してくれなかったくせに何を言うか。 「だってぜんぜん会話に入るスキがないやん」 僕は平然と言ったつもりが、なんだか泣きそうな声が出た。 「何も考えずにとにかくしゃべればいいねん」 しゃべればいいねん。タキタはため息混じりに何度もとつぶやいた。 僕たちは電車に乗り込んだ。途中で酒と煙草を買い貯めし、古い町並みが残る薄暗い路地を、コウヘイのマンションに向かってつかず離れず歩いた。 気がつくと、タキタとシュウイチが僕の両脇をぴったりと固めている。 「なんやねん、そんなにくっついてきて」 ふたりは僕の頭越しに互いに目配せをした。 「いいか、エリコはあそこや」 僕らの5メートルほど先をエリコさんが歩いている。 「さらに先に街灯が見えるやろ」 交差点は目の前だった。男連中はまるで忍者のように音もなく四方に散らばり、夜の闇に消えた。薄暗い路地には、僕と何も知らないエリコさんだけがとり残された。 エリコさんの斜め後ろ姿を見つめながら、僕は思考を高速回転させた。なんて話しかければいいのだ、いまどきのギャルが何に興味を持っているかなんて知るはずもない、でもとにかくしゃべるんだ、なんでもいいからしゃべりかけるのだ。 「暑いな」 僕が結局選んだのは、救いがたいほどに無難な話題だった。 「えっ」 エリコさんは驚いたように振り返った。その表情が一瞬凍りついた。たぶん僕が鬼のような形相でにらみつけていたからだと思う。 「……そんなに暑いん?」 そう答えてから僕はしまった、と思った。実際は暑くもなんともなかったからだ。むしろ肌寒いくらいだ。あたりまえだ。4月の、それも夜なのだ。 「なんで暑いん?」 僕は缶ビールの袋を両手にぶらさげていたが、暑さとは関係ない。その話題はもういいから。さっさと次のテーマに移りましょう。 「実家はどこなん?」 三重。三重といえば何があったか。有名な観光スポットは。特産品は。だめだ、何も思い浮かばない、これでは話題が続かないではないか。僕は苦しまぎれに、 「そうか。じゃあいまはひとり暮らしやね」 僕は無理やり笑顔をつくった。 「そうやけど」 エリコさんは立ち止まった。僕をまじまじと見つめた。何かまずいことを聞いてしまったか。いや、特に深い意味はないのだ。会話のなりゆきだ。ただそれだけなのだ。 その時になってようやくエリコさんは、自分がおかれている状況に感づいたようだった。周囲を不安げに見回す。誰もいない。暗い路地で「師匠」とふたりきりだ。エリコさんは歩き出した。僕も黙ってついていく。彼女は少しずつスピードを上げる。僕も負けずについていく。 路地が切れたところで男連中は待っていた。そこへ僕とエリコさんがまるで徒競走みたいないきおいで飛び出してきたので、連中はキョトンとした表情をした。でもやがてタキタがニヤニヤ笑いながら近づいてきた。 「どうや、うまくいったか?」 僕は腹の底では憤りが沸きかえっていた。エリコさんと僕をくっつけようなんて、そもそもが間違っているのだ。最初はたしかにまんざらでもなかった。それは認めよう。でもこんな荒療治をすることはないではないか。 それからあとのことはよく憶えていない。男5人と女ひとり、コウヘイの部屋で酒盛りをした。泥酔したシバが行方不明になった。と思ったら手から血を流して帰ってきた。畑の有刺鉄線にひっかかったらしい。僕は飲みすぎて割れそうに痛む頭をかかえてフロアに寝転がった。両隣の住人が交互にやってきてはひとしきり苦情を述べ、気がつくと朝になっていた。それだけだ。でもエリコさんのパンツの色だけははっきりとおぼえている。 その部屋にはロフトがあり、僕はちょうどその真下にねころがっていた。エリコさんは僕のからだを大股でまたぎ、用もないのにロフトのはしごを何度となく昇り降りするのだ。そのたびに僕は、エリコさんのスカートの中を特等席から拝むことになった。これはいったいどういうことだ。僕が眠っていると思っているのか、あるいは僕を挑発しているのか、それとも単に無頓着なのか。あまりにしつこいのでさすがに注意しようと思っていたら、 「見えるで」 コウヘイがこわいほど真顔で先に指摘した。エリコさんは「へ?」ととぼけた声を出したが、それでもショーをやめようとはしなかった。真意はともかく、エリコさんのパンツの白は僕の網膜にこびりつき、しばらくのあいだ夜な夜な僕を悩ませることになった。 |
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