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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
11.ポケベルで呼び出されるの巻この日以来、エリコさんは僕にそっけなくなった。大学でばったり出くわしても完全に無視、プイとそっぽを向いてサヨウナラだ。だから言わんこっちゃない、僕は最初から乗り気じゃなかったのだ。さんざんかき回すだけかき回してなんのアフターフォローもしない社会学部の男どもを僕はのろった。そして少しだけ目がさめた。何が社会学部だ、理工学部のオタクどもと違って自由と若さを満喫していると思いきや、結局のところ何の夢も目的もなく生きている儚い生き物であることに変わりはないではないか。僕には君たちの未来が見えるようだ。そうやって大学4年間呆けたように談笑し続けてそのまま会社に就職、ブリキのデスクに9時から5時まで拘束され、結婚して子どものふたりでも作り夜泣きと学校行事と反抗期に一通り翻弄され、週末はストレス解消の名のもとに釣りかゴルフか昼寝、気がつけばじいさんになって「あっというまの人生だった」とつぶやきつつ縁側でコブ茶でもすすっているんだろう。きっとそうに違いない。 それでも僕はやっぱり社会学部の連中といっしょにいることが多かった。不安げな表情で連中の後ろにくっついてまわった。正直なところ他に友達がいなかったのだ。連中を友達と呼べるかどうか自体あやしいが、いないよりマシだ。いや、そもそも向こうが僕を友達と思ってくれているかどうか。 僕らはよくシュウイチの家に用もないのに押しかけた。やがて僕ひとりででもふらりと足を運ぶようになった。彼は滋賀県の山奥にオンボロの一軒家を借りて住んでいた。畑の間を縫うように続く一本道を30分かけて歩かなければならなかった。でもそれがむしろ隠れ家みたいでよかった。 シュウイチは、のんびりとした社会学部の中でも輪をかけてマイペースだった。昼過ぎになってようやく単車をころがして大学に姿を現したかと思うと、翌日はまったくやってこなかったりもした。そんな風来坊ぶりが僕の肌に合ったのかもしれない。家に行って特に何をするというわけでもなかったが、台所に大量発生する羽根のはえたシロアリの駆除方法について議論したり、テレビにリモコンがなくてじゃまくさいと愚痴り合ったり、シュウイチが近所迷惑だからと言うのも聞かずにギターを弾いたりしてすごした。そしてそのまま酒を飲んで朝まで眠ってしまうのが常だった。 僕のアパートには誰も遊びにこなかった。ためしに大阪の知り合い数人に手紙を出してみた。「京都の山科にひっこしました。是非とも遊びに来てください」。ワープロでていねいに地図までつけた。でもみんな、京都くんだりまでわざわざ足を運ぶほどヒマではないらしい。ひとりだけ、中学時代の友達から返事が届いた。そこにはありきたりなあいさつといっしょに、君の大学のフォークギター部は実はヘビメタ好きの巣窟になっているというウワサだからまちがって入部しないように、と書かれていた。僕は5秒だけ笑い、手紙を机に放り出した。 きっと電話がないのがいけないんだろう。契約料が高いので僕は電話をひかなかった。かわりに毎月3千円払ってポケベルを持つことにした。最初のうちは手のひらサイズのそのハイテク機器を大学で見せびらかしたりしていたのだが、どこにいても捕まってしまうから困る、講義中にピーピー鳴り出してヒンシュクを買ったのも1度や2度ではない。アパートにいるときに呼び出しをくらったらわざわざ出歩ける服に着替えて200メートル先の公衆電話まで走っていかなければならない。じゃまくさくて無視することも多くなった。たぶんそれもいけなかった。 同じ頃、母親からも手紙が届いた。水色の縦書き便箋2枚にていねいな文字が行儀良くならんでいた。元気ですか、遅刻せずに学校に行っていますか、ごはんちゃんと食べてますか、淳がウチを出てからこちらはさびしい限りです、たまには帰ってきてください、困ったことがあったら連絡ください、近いうちに小包を送ります、云々。半分も読まないうちに僕は吐き気をもよおした。比喩ではなく、本当に吐きそうになった。またこれか。またこの手口なのか。いいかげんやめてくれ、愛情あふれるフリをして僕を監視下におこうとするのは。 僕は19歳の誕生日に母親からもらったプレゼントのことを思い出した。ピンク色の包装紙を開けるとそれはライターで、瞬間背筋がゾッとした。それは僕に向けて発せられた警告のように思えたからだ。――おまえが未成年のくせに煙草を吸っていることはとうの昔からお見通しだぞ。親や社会に反抗して粋がってるつもりだろうが、そんなことは絶対に許さない。おまえはあくまでも、親の暗黙の許諾のもとに煙草を吸うことしか認められていないのだ――。もういいかげん自由にしてくれ、俺のことはいいけげんあきらめてくれ! 僕は小刻みに震える手で手紙を折りたたむと、机の引き出しの一番奥に「封印」した。 |
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