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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
12.ガラクタに埋もれるの巻家具はあまりなかった。コタツ机と敷きっぱなしの布団、そしてトポスで買ったテレビ。これに途中から、馬鹿でかい事務デスクが仲間入りした。 大学の教授からもらったのだ。化学の講義なのに話すテーマといえば環境問題のことばかり、学内の植え込みにひとりで花の種をまいてまわるような、一風変わった教授だった。研究室で事務デスクがひとつ不要になった、捨てると環境破壊につながるし、ほしい人がいたら家まで運んであげますというので、僕はとっさに手をあげた。本当は机なんてほしくなかった。ただ、これをきっかけにこの珍屈教授と仲良くなれたらおもしろいだろうと、ふと思ったのだ。 でも、デスクを積んだライトバンの助手席と運転席に並んですわったものの、会話はあまりはずまなかった。教授はどういうつもりか嘉門達夫の『小市民大全集』のテープを大音量でかけ、ひたすら鼻歌をうたい続けた。ファンなのか。僕はクスリとも笑えなかった。こうして僕のアパートに運び込まれた事務デスクはどこもかしこもガタついていて、引き出しを開け閉めするたび、まるで断頭台のギロチンのような不快な金属音が響きわたった。 部屋は片づいていた。少なくとも最初は。やがて種々雑多なものたちがゆかの上を少しずつ侵食しはじめた。空になったカップめんの容器。そして脱ぎ散らかした洋服。今日こそはと思い立ってコインランドリーに行ってみても、洗濯し終わった服を再び山にして置いておくので、どれが洗濯済みでどれがそうでないのか、とたんに見分けがつかなくなってしまうのだ。 わずかに畳が見えていたスペースも、やがて書きなぐった原稿用紙や電子工作のパーツで覆い尽くされていった。僕は壮大な計画をいくつもかかえていて、眠るひまもなかった。このまえアイデアをひらめいたSF小説は原稿用紙50枚まで行ったところで止まっていたし、長年コツコツと書きためてきた詩の編纂もしなければならない。「反重力発生装置」と「心を持つロボット」の研究はまだはじまったばかりだったし、「スピーカー内蔵ギター」は製作途中に火を吹いた。そして何よりも、「宇宙の真理」について究明する科学論文を一刻も早く完成させなければならなかった。 だから僕はさびしくなんかなかった。友達が誰ひとり遊びに来なくても平気だった。そうだ、得るものが何もない大学の連中とつるんでいるひまなんてないのだ。遊びに来られると返って困る、散らかった部屋、座布団とお茶など出して「やあよく来たね」、そんなセリフでも吐けと言うのか。 ゴールデンウィークもさしせまったある日、ポケベルが鳴ったので僕は例によってスーパー「丸正」の電話ボックスまで走っていった。受話器に出てきたのは「社会科学研究会」の小林君だった。ことわっておくが、僕の大学の社会学部ではなく、それとはまったく別の「社会科学研究会」なるサークルのメンバーである。連中には3月に僕の入学記念飲み会をやってもらった。 「どうも、小林です」 彼は3つも年上のくせに、僕に対して敬語を使う。 「ひさしぶり・・・・・・ってそうでもないか。このまえの合コンの感想、みんなどうやった?」 「もう会わないと言ってます」 「えっ」 「あの娘たち、どうも僕らに恐れをなしたみたいで。もう二度と会わないって」 無理もないか。1週間ほど前、小林君の知り合いの女の子たちを呼んで合コンをした。ところがこちらのメンバーというのがひとくせもふたくせもある野郎ばかりで、酒が進むにつれて女を巡って大ゲンカがはじまったのである。ふすまは倒すし、女どもは座敷のすみっこに固まってただおびえるばかりで、惨憺たる結果に終わったのだ。 「社会科学研究会」についても説明しておいたほうがいいだろう。彼らとは、雑誌の文通コーナーで知り合ってからもう3年のつきあいになる。「社会の真相を科学的に究明する」ことが研究会の目的で、それだけに、学生運動をやっているやつとか、宗教にはまった経験があるやつとか、そういう思想的にちょっとひねくれた連中がメンバーに名をつらねていた。クラスにひとりはいる変わり者の集まり。 そんな中に僕もまじり、月に数回会合を開いては世の中のさまざまな問題についてああでもないこうでもないと議論するのだ。いうなれば僕も他人から見れば明らかに変わり者だろうし、少なくとも連中は、僕の「宇宙の真理」云々といった話を大真面目に聞いてくれた。途中で会長の水谷さんが自衛隊に入ると言い出し、僕が2代目会長を就任したのだが、最近はほとんど活動らしき活動はしていなかった。 「それはそうと、これからちょっと遊びに出ませんか」 小林君がまるで悪だくみをするねずみ小僧のように言った。 「明日は丸一日警備員のバイトがあるんです。誰もいなくてひまなので事務所に遊びに来てくださいよ。その前夜祭ってことで、今日は大阪で遊びましょう」 話は決まった。路上ライブをしようということになり、僕はギターをかついでアパートを出た。電車を乗り継ぎ、大阪の京橋に到着した頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。 |
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