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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

13.石を投げつけられるの巻

 京橋駅では3人が僕を待っていた。ポケベルに連絡を入れてきた小林君と、それから田中氏、リュウジ君である。みんな例の「社会科学研究会」で知り合った連中だ。

 田中氏はなぜか五部刈りくらいの坊主頭になっていて、おまけに額のところをきれいに剃りあげていた。どうしたのかと驚いてきくと、彼は平然とした顔で言った。

「いや、小林君に散髪してもらったんやけどね。だんだん何がなんだかわからなくなってきて。あげくの果てにこんな頭に」

 もうひとり、リュウジ君は、いつもと変わらず人懐っこい笑顔を浮かべていた。

「いやぁ、僕はねぇ、高野君のギターを前から聞きたいと思っていたんですよ、でもこれまでなかなか機会がなかったからねぇ。だから今日はうれしいなぁ、僕はね、尾崎豊が好きなんですよ、だから尾崎の歌うたってくれたらうれしいなぁ、と・・・・・・」

 ブツブツとくりかえすリュウジ君を連れ、僕たちは大阪城公園へと向かった。適当な場所を見つけてギターケースを開いた。路上ライブと言っても、ギターを弾くのは僕ひとりで、あとの3人はただぼんやりと聴いているだけだ。

 途中、酔っ払いにからまれたり、通行人に石を投げられたりといった小さなハプニングはあった。でもそれはストリートシンガーをやっているとよくあることだ。僕はかまわずうたい続けた。リュウジ君のリクエストにお応えして、尾崎豊の曲をたてつづけに弾いた。リュウジ君は、「やっぱり尾崎豊はいいやねぇ・・・・・・」と、ため息まじりに何度もつぶやいた。

 翌朝再び集まる約束をして、その日はここで解散となった。このまま実家に帰ってもよかったのだがそれもつまらなかったし、僕は水谷さんの家に行くことにした。自衛隊をやめて家に帰ってきているとのことだった。

 1年ぶりに会った水谷さんは真っ黒に日焼けしていた。見た目は細いのにひきしまった筋肉が全身に無駄なくつき、まるでしなやかな鞭のようだ。

「自衛隊で身体きたえるやん。するとな、思いもよらないところに筋肉ついたりするねん。あるとき風呂に入ったらな、なんか知らんけど背後に何かの存在感を感じてん。自分の後ろの下のほうにな、何かがおるような気がするねん。んで、振り返ってみたら・・・・・・それは自分のケツやってん。ケツにものすごい筋肉がついててん」

 もともと腰が悪くて、志なかばにして除隊になってしまったということだが、本人はそんなそぶりは一切見せず、明るくふるまっていた。

 それから僕は、自分がいま取り組んでいる「宇宙の真理」の話をした。平たく言えば、世界はなんのために存在しているのかとか、人間はなんのために生きているのかとか、そういう話だ。ひとり盛り上がって話を続けていると、水谷さんは突然それをさえぎり、吸い込まれるような目つきで僕をじっと見つめた。

「高野君、それはあかん。いろんな科学理論を持ち出すのはいいけど、受け売りはあかんよ。どんなに細かいことでも、それが正しいかどうか、ひとつずつ自分で判断して考えなあかん。そうせな途中で道を誤る。君の言う宇宙の真理とやらにはたどりつけへんで」

 僕らは夜どおし話こんだ。気がつくとすっかり朝になっていたので、僕は水谷さんに礼を言って家を出た。JRの桜ノ宮駅に向かう。小林君がその近くでビルのガードマンをやっていて、リュウジ君と駅で落ち合ってから事務所に遊びにいくことになっていた。

 ところがいつまでたってもリュウジ君が来ない。僕は公衆電話から電話をかけたが、呼び出し音がむなしく鳴り続けるだけで、誰も出なかった。ひょっとしたらまだ眠っているのか。彼はいつも約束には忠実で、これまで遅れたことはなかった。

 15分たった。僕はもう一度電話をかけてみた。呼び出し音が鳴り続ける。あきらめかけたそのとき、「プツリ」とかすかな音が響き、誰かの息づかいが聞こえた。

「もしもし? リュウジ君のお宅ですか?」
「・・・・・・」
「もしもし?」
「・・・・・・はい」

 それはまぎれもなくリュウジ君の声だった。でも様子がおかしい。

「今日8時に待ち合わせのはずやけど、どうしたん?」
「すみません・・・・・・僕・・・・・今日は行けません・・・・・・」

 僕は息をのんだ。まちがいない、リュウジ君は泣いていたのだ。

「どうしたん、何かあったんか?」
「尾崎豊が・・・・・・」
「ん、なに? 尾崎豊?」
「さっきニュースで・・・・・・尾崎豊が死んだって・・・・・・」

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