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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
19.面接に呼ばれるの巻そしてその夜10時、僕は京都市右京区にあるそのコンビニをたずねた。電車なら20分ですむところを、性懲りもなくアパートから2時間かけて歩いていった。よけいな金を使いたくなかったということもあるが、これはむしろ僕の性癖とでも言うべきものだ。余裕のないときにかぎって、突然無謀な計画を思いついてはそれに心奪われてしまったりする。まるで極限状態に追い込まれることによってかえってエクスタシーを感じてしまう最前線の兵士のように。でも実際問題、僕には金がない。金がないから歩いていく。当然のことだ。当然のことを当然のようにさらりとこなしてこそ、貧乏生活の達人といえるのだ。 僕は闇につつまれた山道を踏破し、川を渡り、ネオンかがやく歓楽街を抜けた。京都特有の一直線に走る大通りを、時間配分を気にしながら歩き続けた。そして我ながら感心するくらい時間ぴったりにコンビニにたどりついた。だがノドはカラカラ、胃はもはや空腹感を通り越してまるで鉛がつまったように重たく感じられ、一歩進むごとに右足は激痛とともにさびついたような音をたて、僕はまるで精魂尽き果てた負傷兵みたいになっていた。 コンビニは大きな交差点の一角に建っていた。人通りは少なく、灯りの消えた雑居ビルが墓標のように並んでいた。ダンプやタクシーのヘッドライトだけがどこまでも列をなしている。僕はこれからここで働くことになるのか。いや、まだ決まってはいない。まずは面接だ。本日のメインイベントだ。僕は目上の人間に対して礼儀正しくふるまうということが大の苦手だった。我を殺して演技に徹することができないのだ。でもおびえるな。しっかりするんだ。明るく快活に受け答えすればそれでいいんだ。 僕はコンビニの自動ドアをぬけた。若いにいちゃんがレジに立ち、客を相手に仕事をてきぱきとこなしている。すみません。僕はタイミングを見計らって声をかけた。 「はいなんでしょう」 まいりました。文句のつけようがない完璧な営業スマイル。バイトの面接に来ました。小声で言うと、 「あーバイトね」 とたんに言葉づかいが変わった。無愛想なだけならまだしも、さっそく僕を後輩扱いして、使いっ走りにでもやるような口の利きかたをするのかおまえは! いや、僕の考えすぎか。にいちゃんは事務室に消え、かわりに店長らしき男がドアのすきまから顔を出して僕に手まねきをした。 僕はパイプいすにすわらされた。周囲にはカップめんや化粧品やトイレットペーパーやコンドームが壁一面に積み上げられていた。店長はというと、防犯カメラのモニタや書類で埋め尽くされたデスクに向かい、アラ探しでもするかのように僕の履歴書を隅々まで読んでいる。僕はその横顔をまじまじと見つめた。 こわい顔をしたおっさんだ、と僕は思った。こんな恐ろしい顔を僕はこれまで見たことがなかった。洋ナシのようなしもぶくれの輪郭。度のきついメガネ。タラコくちびる。毛穴のひとつひとつまで見えそうなくらい青々としたヒゲのそりあと、そして頭は当然のようにハゲている。さしずめ「文学界の妖怪・荒俣宏」プラス「オバケのQ太郎」割る2、といったところか。見ようによってはものすごく面白い顔だった。しかし笑いと恐怖というのは往々にして紙一重である。 店長は無口だった。そしてときどき、「一人暮らしか」とか「大学は忙しいか」とか、ぶっきらぼうに質問を投げかけてきた。そのたびごとに僕は全身をびくつかせ、しどろもどろになりながら答える。しかし店長は聞いているのか聞いていないのか、ずっと履歴書をにらんだままだ。 「今日はどうやってきたんや」 店長は僕に向きなおった。小さな目を見開いて僕を真正面から見つめた。山科から山を越えて2時間かけてここまで歩いてきました。僕は言い訳するみたいな気持ちでどもりながら補足説明をした。すると突然、彼はガハハと大声で笑い出した。 「その根性気に入った! 採用や採用! さっそく次の水曜からきてくれ!」 そのまま面接はあっけなく終了した。なんということだ、僕の理解者はこんなところにいた。貧乏生活に対する僕のこだわりを理解してくれる人物がついに現れたのだ。 だが帰りもやはり歩かねばならない。 なんとか京都駅までたどりついたところで僕はついに力尽きた。ふだんの僕ならば山科まで歩きとおしているだろうが、もはやそんなスタミナはどこにも残っていなかった。この数日間、僕は金を節約するために満足に食事もとっていなかった。僕の生命力が少しずつ目減りしていくのを自分でもうすうす感じてはいたが、まさかこんなところでガス切れとあいなるとは。 だがそのときの僕はこわいものなしだった。面接にパスしたのと根性を認められたのとで、世界を手中にいれたような気分になっていた。僕は思いついた。そうだ金を借りよう。たしかこの近所に社会学部のタキタが住んでいるはずだ。千円くらい借りて電車で帰ろう。そうだそうしよう。 電話ボックスから電話をかける。果たしてタキタは受話器に出た。タキタははじめ、僕が電話をかけてきたことに対して驚いているようだったが、コンビニの面接を受けに2時間歩いていったことを面白おかしく話してやると、彼はすなおな声でハハハと笑った。僕は調子づいた。 「な、たいへんな一日やってん。そこでお願いやねんけど、ちょっと金貸してくれへんかなあ」 えっ、金。タキタの声色が急にかげった。 「もう疲れ果ててん、もうたおれそうやねん、電車賃だけ貸してほしいねん。千円、いや200円でもいいわ。助けると思って。京都駅までバイクで5分くらいやろ? ほんと悪いねんけど」 タキタは黙りこんだ。ずいぶんと長いあいだ黙っていた。あいまにタキタの「それはちょっと……」とか「うーん」とかため息をつく声が、かろうじて聞き取れるくらいの音量で受話器からかすかに響いた。そしてついにタキタは、妙にはっきりとした声で「ごめん」と言った。 「貸したりたいのはやまやまやねんけどな。もう夜遅いしな。ごめん。ほんま悪いけど。ごめん」 そのまま電話は切れた。僕はあっけにとられ、やがてその場にすわりこんだ。頼りにした僕が悪かった、いやそもそもそんなことをお願いした自分が悪い。そんな考えが頭の中で堂々巡りをし、でもきりがないのでようやく立ち上がろうとしたそのとき、遠くでバイクのエンジン音が聞こえた。それはどんどん近づいてきて僕の前でとまった。タキタだった。 「あかんわ。やっぱり気になってしゃあないから」 僕を見つめるタキタは、なぜかたまらなくさびしそうな笑顔を浮かべていた。 「俺が金貸さんかったばっかりに山で遭難されても困るしな。千円でいいやろ。電車賃のおつりでなんか食べえや。あんまり無茶したらあかんで」 バイクがうなり、捨てゼリフを残してタキタは走り去っていった。 タキタの千円で切符を買い、僕は最終間際の電車の中にいた。乗客はほとんどいなかった。僕はシートにすわって、窓の外を流れていく闇を呆然と見つめていた。今日はなかなかドラマチックな一日だった。それなりに楽しかった。でもなぜだ、なんだかしっくりこなかった。 僕はタキタの表情を思い浮かべた。あれはいったいどういう意味だ。あいつは。あいつはひょっとして僕のことを「友達」とは思っていないんじゃないだろうか。 友達ならばたぶん選択肢はふたつにひとつだ。ふたつ返事で駆けつけてくれるか、あるいは「おまえはなんちゅうずうずうしいやつやねんボケ!」と罵り電話を切るか。でもタキタはそうじゃなかった。いったんは勇気を出してことわっておきながら、千円もってバイクでやってきた。そしてあの不安げな笑顔。まるで僕を哀れむような、僕のごきげんをうかがうような、あの目つき。 とたんに僕は身もだえするほどの恥ずかしさに襲われた。どうしていままで気づかなかった。いやちがう、僕は気づかないふりをしていただけなのだ。 僕には友達がいない。社会学部の連中とは、ときどきいっしょに遊んだりもする。でもそれだけだ。実は誰も友達なんかじゃない。もちろん人気者でもない。単に面白がられているだけだ。やっぱり僕はただの珍獣。ひまつぶしにはもってこい。でも裏をかえせば、あんまり深く関わりたくはないちょっと変なやつと、みんながみんなそういう目で僕を見ているにちがいなかった。なのに僕は。なんだか友達のような気分になって。なんでも許されると思ってずうずうしい頼みごとまでして。勘違い野郎もいいところだ。 大学でひとりぼっち。 アパートに帰りついた頃には、バイトが決まったハッピーな気分などどこかにふっとんでしまっていた。そして結局その晩も、何も食べずにふとんにもぐりこんで、寝た。 |
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