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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

22.カエルに誘われるの巻

 いや待て、ちょっと待て。僕は馬鹿か。何をかんちがいしているのだ。過去の苦労話を武勇伝にしたてあげるつもりか。じゃなければお涙ちょうだい悲劇の主人公にでもなったつもりか。よく考えろ。冷静に思い起こすのだ。

 1年前のあの頃。あれがまさに僕の大学生活の、いや人生のターニングポイントだったんじゃないのか。あのとき僕が別の選択肢を選んでいれば、今頃こんなふうにアパートにひきこもることもなかったはずだ。異臭発するゴミの山と黒光りする南京虫どもに包囲され、全身垢だらけになり、近隣の住人と大家と太陽から執拗ないやがらせ攻撃にあい、茶ばんだ布団の中で震えおびえながら、ただ安らかな死が訪れることだけを願い続ける、こんな生活を強いられずにすんだかもしれない。たしかに僕は、あんな深夜バイトをはじめたせいで大学に行くのがだんだんおっくうになってしまったのだ。

 ――いやいやいや。危ない危ない。一瞬、「結局悪いのは全部自分のせい?」だなんて通俗な結論におちいるところであった。冷や汗かくぞ。わかっている、これも奴らの常套手段だ。よってたかって僕を排除し、すべての責任を僕に押しつけ、この世から葬り去るという寸法だ。なぜか? それは僕が『宇宙の真理』を知っているからだ。まるで全国ドミノだおしゲーム大会のように作っては壊すだけの社会という無意味な営みを続けていくにあたり、『真理』を知っている僕は目ざわりな存在でしかない。でも正しいのは僕のほうだ。僕は悪くない、ちっとも悪くない。

 じゃあ悪いのはいったい誰だ? 大学か? あの無能な学生どもか? 日本政府か? 国連か? まさかコンビニの店長? そのどれでもないだろう。たしかに連中も悪い、というかそもそもモラルもクソもない輩どもだが、単なるザコでしかない。誰ひとりとして自らの偽善に気づかず、だが全体とは巨大な装置として無意味な流れ作業を破滅の日までひたすらくりかえす。社会とはそういうシステムである。

 しかし「大学」とかそういう俗な事柄にどうしてもこだわってしまう点、僕もまだまだ未熟だね。『宇宙の真理』を体現しきれていない証拠だ。そりゃあ僕だって大学に行き続けたかった。何の疑いもなく大学で馬鹿学生どもの仲良しグループと戯れ、遊び惚け、彼女のひとりでも作り、そして何も気づかぬまま年をとって普通に死にたかった。科学者になることだってできたはずだ。だが『宇宙の真理』を知ってしまった以上、僕はもうあの生活には耐えられないのだ。一生演技を続けていくことなんてできない。でもこのままじゃいずれ退学だ。親の仕送りもなくなるぞ。じゃあ働くか。何をして? やっぱりバイトか? 30代で日雇いの肉体労働者か? 40代でホームレス、50代でノタレ死にか? いやだ! ただでさえ無意味なこの人生、これ以上苦しみを背負って生きていけるのか俺は? ――ああ!!

 話をもとに戻そう。

 僕を餓えから救ったのは社会科学研究会の小林君だった。食を完全に断ってから5日がすぎていた。僕のプライドを支え続けていた糸が現実の重みに耐えかねてプッツリと切れた、と言えば聞こえはいいが、つまるところヘンな意地をはり続けることが馬鹿らしくなったのだ。気がつくと僕は公衆電話の前に立っていて、小林君の電話番号をダイヤルしていた。もしもテレホンカードを売ってしまっていたら連絡手段すら絶たれているところだ。そして実家ではなく小林君に助けを求めたのは、僕に残された最後の意地だったんだろう。

「緊急事態だ」

僕は大げさに言った。

「食料が尽きた。いますぐ救援物資の輸送をたのむ!」

 思ったとおり、小林君は僕の言葉のわなにひっかかった。

「わかりました! 食料を確保してただちに救助に向かいます!」

 彼は『緊急事態』とか『絶体絶命』とか、キナくさい話が大好きなのだった。台風の直撃をひそかに願う子どもの心理と同じである。

 僕は布団にくるまってジリジリと待った。しかしよくもこんな無茶な頼みを聞いてくれたもんだ。小林君は兵庫県の能勢に住んでいて、僕のいる京都山科まで電車で2時間はかかる。

 比叡の山に日は沈み、折りしもカエルが鳴きはじめた。僕のアパートは田んぼのとなりに面していて、数週間前からカエルが鳴くのだった。それも1匹2匹じゃない、おそらく何十匹も生息しているのではなかろうか。窓を閉め切っていてもその声はうるさく僕の安眠をさえぎり、「暑いな」と思って窓を開けようものなら、あたかもフルオーケストラの真ん中に放り込まれたかのように部屋中にカエルの大合奏が響きわたり、テレビの音も聞こえない。

 ところが数日前から、カエルに対する僕の思いは微妙に変化しはじめていた。「うるさい」とは感じなくなったのだ。慣れれば慣れるもんだ、と僕は物わかりのいいおじさんのようにウンウンとうなずいてみる。しかしどうもそういうわけじゃないらしい。いやまさか。だがしかし。カエルには「食用ガエル」と呼ばれる品種があるらしい。なんでも昔アメリカから輸入され、その後野生化して全国に広まったということだ。隣の畑でいままさに鳴いているあれも。あれもひょっとしたら食用なんじゃなかろうか。

 そうだった。カエルの鳴き声が「うるさい」と聞こえるかわりに「なんだかおいしそうな鳴き声」というふうに、僕の思考回路はこの数日間でいつのまにやら組み変わっていた。いったんそう思い出すともはや制止がきかない。聞けば聞くほど、なんというおいしそうなヨダレものの鳴き声だろう! 厚さ4センチの霜降り和牛サーロインステーキを焼くときのあのジュージューと言う音色に匹敵するおいしそうな音だ! だが待て。あともうちょっとの辛抱だ。小林君が救援物資を持ってまもなくやってくる。それまでガマンするのだ。

 ところが小林君はなかなかやってこなかった。僕はあいかわらず布団の中でじっとしながら、カエルの鳴き声に自然と聞き耳をたてていた。調理はなんとでもなる。串焼きにして塩をかければ食えるはずだ。問題はどうやって捕まえるかだ。即席で釣竿をつくり、アパートのベランダから糸をたらして優雅にフィッシング、いやフロッギングとしゃれこもうか。

 するとカエルどもはまるで僕に対するあてつけのように、ますます大きな声で大合唱を続けるのだった。

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