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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
25.販売員に監視されるの巻大学での「心のふれあい」に見切りをつけ、一匹狼を決めこんでいた僕だが、アパートにやってくる人間の数は反比例して増えた。やつらは最初、偶然をよそおって単独でふらりとアパートをおとずれ、やがて毎日のように定期的にたずねてくるようになり、気がつくと4、5人が連れだって狭苦しい六畳間にドヤドヤ上がりこんできた。 地元町内会のおばさんやNHKの集金はともかく、保険の外交員、浄水器売り、健康食品のセールスマン、新聞の売り込み、何をまちがえたか化粧品の販売員まで。僕はすなおに驚いた。いったいどこで見張っていたんだろう、ここにひっこしてきたのを誰かが物陰から監視していたにちがいない。建ちならぶ民家の3件中1件にはなにがしかの販売員がひそんでいて、全国津々浦々までひろがる影のネットワークをつくり、モールス信号や伝書バトを使って連絡をとりあっているようすを僕は想像した。それはとてもわくわくすることだった。訪問販売というものを経験するのもはじめてだったし、相手は必死になって僕に話しかけてくる。そんなに話したいのなら僕も聞いてやるべきだろう。彼らがやってくるたび、僕はドアを大きく開け放って歓迎の意を表し、水道水にひそむ有害物質の話やガンが治るという奇跡の食品の話についてまじめに聞き入った。 ところが僕は買わない。30分たっても1時間たっても財布を出さない。ハンコも押さない。理由は簡単だ。金がないからだ。 「お金がないんです」 天使のようなまなざしで僕は答える。だいたい彼らの話なんかハナから信じていない。聞いてやっただけだ。僕の慈善活動はここまでです。さあ、心ゆくまで話してあなたも気がすんだでしょう。 玄関からは、ゴミや脱ぎ散らかした服で荒れ放題の部屋の内部が見え、実際いかにも貧乏そうに見えたのだろう。彼らはあっさりと了承した。そしてなぜか目を白黒させ、困惑した表情を浮かべて去っていった。まるでサルのようだ。ラッキョウの皮をむき続けて最後まで実が出てこなかったときの、途方に暮れたあのサルの表情。 だがさすがにあっけにとられたことが一度だけあった。ある朝、万年床の中にもぐりこんで惰眠をむさぼっていたら、突然大音響とともにドアが開いた。 「その布団、貸せや」 飛び起きて声の方向を見ると、玄関に謎のおっさんが仁王立ちしている。目はギラギラ、口は大きく開け放たれ、彫刻刀で粗彫りしたような笑顔をたたえておっさんはくりかえした。 「布団貸せや、洗ったるから」 僕はもうろうとした頭をフル回転させ、これはどうやら布団のクリーニング屋かなにからしいという結論に達した。しかしなんという新手の商法だろう。ことわりもなく部屋にあがりこんできて洗濯をせまるとは。鍵をかけていなかった僕も僕だが。 「洗濯しないでください」 「いまキャンペーン中で洗濯代千円やぞ」 おっさんは木彫りみたいな笑顔を崩さず、でも律儀にドアだけは閉めていった。次はいつやってくるかと僕は鍵をかけてスタンバイしていたのだが、このクリーニング屋は結局二度と姿を現わすことはなかった。たぶん千円キャンペーンが終わったんだろう。見込みがないと判断したのか、他の販売員もだんだんにやってこなくなった。それと入れ替わりに、今度は別の人種が僕のアパートをターゲットにしぼりこんだ。 チャイムが鳴ったのでドアを開けると、ひとりの女性が立っている。年は30代か。おねえさんともおばさんとも判別しがたい。CCBみたいな大きなメガネをかけ、デニムのショルダーバッグをぶらさげている。やせて骨ばった身体を色気ないワイシャツとジーンズでつつんでいた。 「あなたの健康と幸せをお祈りさせてください」 彼女は無垢に微笑んだ。なるほど。宗教ですね。訪問販売よりマシだ。好感持てる。共感すらおぼえる。そうだ、僕たちは人生の意味を追い求めてやまない求道者であるという点においては同志とさえ言えるのだ。あなたの信じる神サマとやらがウソっぱちであるとしても、それはあなたのせいではない。僕の幸せを祈ってくれるって? 奇特な方だ。それであなたが満足するなら、そのお祈りとやらを僕は喜んで受けようぞ。 僕は玄関先で言われるままに目を閉じ、頭をうなだれた。さていったい何がはじまることやら。しかしいくら待っても何も起こらず、目をつぶっているのでもちろん何も見えない。さてはこれは一種のジョークで、僕の前にはすでに誰もいないんじゃないか。こっそり薄目を開けてみる。すると彼女はまだそこに立っていて、目を閉じ、真剣な表情で僕の頭に右手をかざしていた。オーラでも照射しているつもりか。 「はい、もうけっこうですよ」 5分ほどたって彼女は静かに言った。僕はわざとらしく目を開き、きょとんとした表情をつくってみせた。 1週間ほどして彼女は再びお祈りの儀式をしにやってきた。おやおや、また会いましたね。マメな人というか暇人というか。まあいい、勝手に祈らせておけばいいだけの話だ。 でもどうも釈然としないものを感じていたら、その24時間後に再びチャイムが鳴り、ドアを開けて僕はギョッとした。幽霊でも見たかのようにあとずさりした。毎度おなじみ手かざしおねえさんが微笑んでそこに立っていたからだ。まるで昨日からずっとそこに立っていたかのように。 |
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