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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

26.部屋で泣かれるの巻

「今日はね、お話があってきたの」

 昨日までとちがい、手かざしおねえさんはすっかりなれなれしい態度で言った。

「はいなんでしょう」

 すると彼女は、艶っぽいともとれる謎の笑みを浮かべて僕を見つめた。さてこの男、どうやって攻略しようかしら。そう思案しているようにも見えたが、やがてこう切り出した。

「わたしたち、週に1回集会をやってるの。よかったら今度遊びにこない?」
「いえ、けっこうです」

 僕は即答した。やれやれ。ちょっとでもいい顔見せるとすぐにこれだ。つけ上がってくる。お祈りを受けるだけならいっこうにかまわない、でも新興宗教の集会に行くとなると話は別だ。断固としてことわる。

 だが彼女は簡単には引き下がらなかった。

「あら。どうしてこないの? 別にいますぐ入信しろって言ってるわけじゃないのよ。とりあえず一回遊びにきてくれればそれでいいの」
「やめときます」
「先生のありがたいお話をきけるの。きっとあなたのこれからの人生の糧になるはずよ」
「でもけっこうです」
「場所は平安神宮のすぐ近く。ここから電車で10分よ」
「近くても行きたくないです。僕のポリシーですから」
「どんなポリシー? あのね、支部はそんなに大きくないけど、滋賀県の本部にはそれはもう荘厳な神殿があって……」
「ちょっと待ってください」僕はさえぎった。「いいですか、この際はっきりさせておきましょう」

 玄関先でいつまでもこんな押し問答を続けるのはいやだったが、こうなってしまった以上、僕のポリシーを明確に伝えておく必要があった。納得してもらって気持ちよくお帰りいただこう。

「僕は別に宗教ってやつを忌み嫌っているわけじゃないんです」
「わたしたちはちまたの怪しい新興宗教じゃなくって……」
「いや、そういう話をしてるんじゃないんです」
「じゃあどんな話?」
「つまりですね……。僕はあなたたちの仲間だということです」
「仲間?」
「そうです。僕たちは宇宙の真理を追い求めてやまない求道者、言わば同志なんです」
「え!? あなた信者なの!?」
「信者じゃない」ものわかりの悪い人だな。「でも僕はこれまで宇宙の真理に近づくためにいろんなことをやってきた。仏教、神道、キリスト教、オカルト、ひととおり全部かじった。一時期は共産主義活動にも足をつっこみかけた。だから僕にはわかる、宗教がどんなものかってこともよくわかってるし、宗教に走る人たちの気持ちも痛いほどよくわかる。だから僕は否定しません。あなたが選んだ道を突き進んでいただいてけっこう、でもそれを僕に押しつけないでください。僕には僕のやりかたがある」

 僕はそこまで一気に言った。彼女は見事にたじろいだ。それはまるで、あやしい信仰宗教団体の猛烈な勧誘攻撃を受けたときの世間人のおびえた表情に似ていた。だから僕たちの立場はこの瞬間に完全に逆転していた。

「じゃあ……あなたのやりかたというのは?」
「科学です」僕は誇らしげに答えた。「科学の力で宇宙の真理を解き明かすんです」

 決着はついた。彼女は中途半端な作り笑いを浮かべるばかりで、何も言わなくなった。それでもちゃっかりお祈りだけはして帰ったのだが。

 だがこれで終わったと思ったのが大まちがいだった。翌日、一件落着したものと思ってアパートでテレビを見ていたら、例のごとく玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けるとそこに立っていたのは、あろうことか例の手かざしおねえさんではないか。懲りない人だな。

 彼女はまたもやモードを切り替え、今回は悲壮感ただよう目つきをしている。

「立ち話もなんだし、ちょっとあがっていいかしら」
「あがる? 部屋に入るんですか? いいですよ別に。汚いですけど」

 僕は部屋中に散乱していた洋服やゴミの山をかき分け、ようやくひとりがすわれるだけのスペースを作ってやった。しまった、座布団がない。こんなかたちで来客があろうとは想定していなかったのだ。それに何かお飲み物でもお出ししたほうがいいのだろうか。缶コーラしかないぞ。

「おかまいなく」

 彼女はゴミに埋もれるようにして畳の上に正座し、煙草を取り出した。ヴァージニアスリムだ。

「あなた煙草吸うでしょ。わたしもよ。これもきっと霊泉ね」

 ひとりで納得し、もの思いにふけっているかのようにアンニュイな目で遠くを見た。霊泉とはいわゆる「縁」というやつをあちらの方々の専門用語でそう呼ぶらしかった。そして彼女が静かに語りはじめたのは、延々2時間にもおよぶ壮大な自叙伝だった。

 なんのことはない、どこにでも転がっていそうな人生話だ。普通に不幸な幼年期をすごし、親も普通だが誰もがそうであるように若干問題のある人物で、思春期にありがちなどうでもいい悩みに苦悶し、ありふれた夢を描いて大学に通い、働き始めたが当然不満ばかりが募り、結婚し、でもやっぱりという感じで離婚し、仕事をいくつか変え、金に困り、云々かんぬん。中身は大したことはなかったが、僕はとにかくそのあまりの長さに途方に暮れた。そのうえ彼女は物語のクライマックス、と彼女が勝手に思っている箇所でいちいち泣き出し、ハンカチで目頭をおさえながらお涙ちょうだい話にしたてようとする。彼女を丁重に送り出した頃には僕はすっかり疲労困憊していた。

 でも話は終わっていなかった。まだ「前編」にすぎなかったのだ。彼女は翌日も部屋にあがりこんできては煙草をふかし、「後編」を語り始めた。彼女が宗教にめぐり会ってから今日までの話だ。でも僕にとっては面白くもなんともない。宗教団体のエライさんからどんなありがたい話を聞いただの、自分の周りでどんな奇跡がおこっただの、くだらない話が果てしなく続く。これなら昨日の話のほうがよっぽどおもしろかったぞ。

 そして2時間後、彼女は感極まってしくしくと泣き出した。またこれか。いいかげんにしてくれ。まるで僕が泣かしているみたいではないか。でも嗚咽は激しくなっていくばかりだ。涙を流しながら、1回でいい、1回でいいから集会に来てくれと懇願するのである。僕はついにキレた。

「わかりました! じゃあ1回だけですよ。話をきくだけですからね」

 彼女はピタリと泣き止んだ。

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