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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
27.お布施させられるの巻約束の朝、手かざしおねえさんはわざわざ僕のアパートまでむかえにきた。一度約束したからには首に縄をかけてでもひっぱっていこうという意気込みなのだろう。彼女の判断はまちがっていなかった。僕は後悔していた。実は約束した瞬間からすでに後悔していた。ああ。人はかようにして宗教団体の毒牙にかかっていく。いまの僕はまさにその典型ではないか? 待ち合わせの約束ならばすっぽかすこともできた、そもそも、おじけづいて足を運ぶこともできなかっただろう。でも家までやってこられたら逃げも隠れもできない。居留守でも使うか? いやいやそれはあまりにも大人気ない。こうなったら正々堂々と立ち向かうのだ。冷静に考えれば、これだって社会勉強のひとつと言える。ひょっとしたら、あとあと語り草になるようなおもしろい体験ができるかもしれないではないか。しめしめ、僕の武勇伝にまた新たな1ページがつけ加わることになるわけだ。新興宗教にはめられたという武勇伝。……なんじゃそら。 「さあ行きましょう」 手かざしおねえさんは遠足に出発する小学生のようにはしゃいでいる。僕は覚悟を決めた。彼女のあとを黙ってついて歩いた。僕たちはいつのまにか路面電車に乗っていて、気がついたら降りていた。山際に古い民家がへばりつくようにして並んでいる京都の郊外。おだやかな春の朝。 「もうすぐだから」 彼女は1分おきにそう言い、そのたび僕は小さくうなずいた。もう何時間も歩いているような気分だった。逃げるならいましかない、ダッシュでトンズラするのだ! 何度も思った。でも結局逃げなかったのは、彼女に対して悪いという思いがあったからだ。いま逃げれば、だから無神論者はダメなんだと思われておしまいだ。そうだ、神を信じていなくても紳士な人間が存在するということを彼女に見せつけてやるのだ! などと考えてひとり心中熱くなっていたら、僕たちは宗教団体の支部のまえに立っていた。しまった、逃げるタイミングをすっかり逃してしまった。 奇妙な建物だった。神社のようなお寺のような、はたまた教会のような。玄関の前に白木の賽銭箱がポツンとおいてある。周囲は森に囲まれ、俗世間から完全に遮断されている。僕はとっさに背後をふりかえった。いざというときの逃走ルートを確認するためだ。 「あのね、悪いんだけど」 手かざしおねえさんを見ると、さっきまでのテンションはどこへやら、お役所の事務員みたいに脱力した顔つきに変わっている。 「ここで千円納めてくれる?」 僕は言われるままに財布を取り出した。彼女は千円札をひったくるようにしてとると、それにメモ用紙をクリップでとめ、自分の名前をサインして賽銭箱にほうりこんだ。なるほど。だんだんわかってきたぞ。きっとノルマがあるのだ。「信者○○人獲得!」「献金額○○万円!」、そんな目標を大きくかかげ、信者総勢、死に物狂いで新しいカモをここにひっぱってくるというわけか。がっかりだ。真理を追い求めるピュアで気高き求道者と思ってこれまで大目に見てきたが。これじゃマルチ商法と同じではないか。 ここで怒って帰ることもできた。実際僕は怒っていた。千円というと大金だ。僕の食料3日分だぞ。でも僕は帰らなかった。好奇心が勝ったのだ。事実として僕はもうすでに千円払ってしまったわけだし、千円分、もとをとらなければ丸損だ。 支部の玄関をあがると、そこはちょっとした講堂になっていた。最前面に舞台があり、長椅子が同じ方向を向いてズラリと並んでいる。人は少ない。 「さ、一番前にすわりましょう」 うしろのほうが逃げやすい。 「はじめての人は最前列と決まってるのよ」 あきらめて舞台の真ん前にすわると、正面の壁にかかっている3つの肖像画が見えた。真ん中のおっさんは教祖か何かか。右の肖像は……おや、イエスキリストではないか。左の肖像は……あれ? お釈迦さんではないか。あまりにシュールな風景、カレーライスも裸足で逃げ出す和洋折衷な宗教です。 そのとき、背後の扉がきしんだ音をたてて開け放たれた。信者だろう、建物に人影が入ってきた。朝の光をバックにシルエットしか見えない。5人くらいか。いや、もっといる、10人くらい、いやいや次から次へと入ってくる、20人かそこらか、どんどん増えるぞ、もう50人はいる、どこにいた? どこからわいてきたんだこいつら!? まだまだ増える、70人、いや、80人はいるか? 講堂はついに百人以上の信者で万杯になり、僕の後ろの長椅子ににズラリと並んだからたまったものではない。扉は再び閉じられた。黒々とした無数の頭が僕を見ている。畜生、こんなことになるとは思っていなかった。食われるのだ、これから僕はこいつらに取って食われるのだ。 「はい、これ読んで」 手かざしおねえさんにこづかれて僕は我に返った。『祝詞』と書かれた小冊子を渡され、どうしたものかとうろたえていたら、白装束を着た女性が舞台に立ち、なにやらお経みたいなものを唱え始めた。背後からは信者百人による復唱が怒号のように響いてくる。僕は冊子を開き、とにかくここは無難に切り抜けるのだと口パクをした。 すると僕の目の前に立ちふさがるやつがいる。もちろん知らない男だ。男は恍惚としたまなざしをたたえ、僕の頭に右手をかざした。ああこれね。例のおねえさんからいつもお祈りされてるから勝手はわかっている。僕はわずかに安心して目を閉じた。 でもいつもより長い。僕はいやな予感をおぼえた。こっそりと目を開け、あたりを見回して思わず声をあげそうになった。信者百人が目を閉じ、互いに手かざしをしたポーズでかたまっていたからだ。 だめだ、もうガマンの限界です。逃げよう。でもどうやって? 信者どもをアメリカンフットボールのごとく押しのけ、出口へとタッチダウンするしかないぞ。でもたどりつけるのか? 百人がいっせいに襲いかかってきたら? あるいはトイレにでも行くようなふりをしてこっそり立ち去るべきか? 頭の中でさまざまなシミュレーションをくりひろげているうちに手かざしは終わった。 「あなた、本当に運がいいわ」 おねえさんはエステを受けたあとみたいにすっきりした表情をしていた。 「今日はね、支部長様がいらしてるのよ、支部長様からじきじきにお話を聞けるのよ!」 つれていかれたのは、打って変わってダンボールが乱雑に積まれている給湯室みたいな部屋だった。『支部長様』は赤木春江に似た60がらみのおばさんで、丸イスにすわってコブ茶をすすっていた。 「あら、よくいらしたわね」 話し方まで『金八先生』の校長先生みたいだった。例のごとく長い身の上話がはじまった。ここの宗教の人はみんな身の上話好きか? やっぱりワイドショーの人生相談コーナーみたいで、娘が病気になっただの、夫の会社が倒産しただの、ありふれた不幸を羅列する。でもこの宗教に入信してからすべてが変わった、生きる意味がわいてきた、と、結局はお決まりのパターンに流れ込んでいくのだった。最後には泣きながら絶叫し出す始末で、お釈迦様の言葉を引用するだけならまだしも、日蓮、キリスト、マホメッド、はたまたノストラダムスからラスプーチンまで持ち出して魑魅魍魎な宗教論をこれでもかこれでもかとくり出し、僕はただただ早く終わらないかと首をちぢこませて耐えるしかなかった。 1時間後、僕はなんとか無事に解放された。 「なじんでくれてよかったわ」 僕の安堵の表情を見ておねえさんは言った。 「ここにつれてくるまでずっとしかめっ面して何もしゃべらなかったから。いったいどいんな人だろうって、正直怖かったのよわたし」 怖かったのはこっちのほうだ。 なにはともあれ、これですべて終わった。いい勉強になった。これにこりて、これからは新興宗教には気をつけることにしよう……。 するとおねえさんは翌日もアパートにやってきた。 「ねえ、今度はいつくる?」 |
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