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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
28.応援部隊を送り込まれるの巻僕は手かざしおねえさんの目をまじまじとのぞきこんだ。 「でも、1回だけっていう約束でしょう?」 すると彼女は、あら、知らなかったの?とでも言いたげに笑った。 「これはね、2回でワンセットになってるの。だからもう1回来てくれないと困るのよ。わかった?」 僕はゾッとした。ある意味、信者百人といっしょにお祈りを受けさせられたとき以上の恐怖をおぼえた。言葉が通じない相手ほど恐ろしいものはない。彼女はただ無邪気に笑うばかりで、人をだましているという罪悪感のかけらも感じられない。信者獲得のためなら何をしてもいい、ウソも方便と思っているのではないか。 でも、これでことわる理由ができた。 「あなた、ウソをつきましたね」 それでも彼女はいじけた4歳児みたいに笑っていたので、僕は一方的にドアを閉めた。どうだ、はっきり言ってやったぞ。せいせいした。これで彼女も懲りただろう。 でもやっぱり翌日も玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けて、僕は思わず吹き出しそうになった。彼女が怒りの形相でそこに突っ立っていたからだ。まるで幼稚園の先生が園児をしかるときにつくる『先生は怒ってるんですからねっ!』の表情みたいにわざとらしく、滑稽な怒り顔だった。でも彼女の背後を見て笑いを飲み込んだ。4人の男女が立っている。おっさんと女子学生とおにいさんと主婦っぽい中年女からなる4人組。さては応援部隊をつれてきたな。 無下に追い返す理由もなかったので、僕は連中を部屋にあげた。 「東はどっちかしら」 適当な方向を指差すと、5人は同じ方角に一列にならんで礼儀正しく正座をした。そして唐突に、お経のような意味不明の文句をおごそかに合唱しはじめた。その文句には聞きおぼえがあった。支部にいったときに信者どもが唱えていたアレだ。そうそう、連中が『祝詞』とか呼んでいるやつだ。 30分間、ひととおり祝詞を唱え終わると連中は帰っていった。 連中はその翌日もやってきた。 そして次の日もやってきた。 その次の日も。 例の手かざしおねえさんを筆頭にだいたい同じメンバーで、ときどき人数が増えたり減ったり、メンバーの一部が入れ替わったりした。僕はだんだんムカムカしてきた。こっちもヒマじゃないんだ、やることもあるし見たいテレビだってある。そもそも部屋に入れなければいいだけの話なのだが、それは僕のプライドが許さない。ここまできてしまった以上、納得づくであきらめさせるまで、こっちも手をひくわけにはいかない。 連中は毎日、お祈りを終えると決まって僕を説得しにかかった。たとえばこんなふうに。 「わたしたちの宗教は世界で唯一正しい宗教なの。全人類を正しい信仰に導くことが明主様の目的であり、わたしたちの目的でもあるの」 すると5人はざわめきたち、互いに顔を見合わせてヒソヒソ話をはじめる。結局そのままみんな狐につままれたような顔をして帰っていくのだが、翌日になるとまた別の論法をひっさげてやってくる。 「手かざしの威力はすごいのよ。本当に病気がなおったりするの。いま研究所で科学的に分析がすすめられていて、全世界にむけて証明される日もそう遠くないわ」 まるで禅問答だ。 連中にとって僕はたぶん非常にやりにくい相手なのだろう。なぜなら僕は否定しないからだ。手かざしで病気がなおる? へえすごいですね。ただただ感心するばかりです。実際、そんな未知のパワーがこの世に存在していてもおかしくないと僕は思っていた。「ある」というからにはあるのでしょう。で? だからどうした? 手かざしパワーが実在するからといって、僕が宗教に入らなくちゃいけないという理由にはならないじゃないか。 議論をしていると最後はたいていそういう堂々巡りにおちいった。これについては連中もどう説得していいものか困っていたようで、ただ「あなたを救いたいんです」とくりかえすばかりだ。いえいえ救っていただかなくてけっこうです。僕には僕のやり方がありますから。僕なんぞにかまけていないで、もっと有効に時間を使ってください。手かざしパワーでガン病棟に不治の病をなおしにいくとか。医療の届かないカンボジアとかエチオピアとかにボランティアにいくとか。やらなきゃならないこと、もっと他にいっぱいあるでしょう? 困り果てた僕が助けを求めたのは「社会科学研究会」の小林君だった。 「なかなかおもしろそうですね!」 電話の向こうで彼は色めきたった。これは相談する相手をまちがえたかな、と一瞬思ったが、この『業界』にくわしいのは彼をおいて他に考えられない。 小林君は言うなれば新興宗教フリークで、あっちの宗教からこっちの宗教へ、あやしい団体を見つけると目を爛々と輝かせ、とたんに入信してしまうのである。キリスト教系、仏教系、神道系とそのジャンルは多岐にまたがり、所属していた団体の数ははかりしれない。そのくせ気がつくと、仙術研究家である祖父といっしょに山にこもって修行していたり、左翼団体に入って街角でビラをまいていたりするので、思想的傾向はまったくないと言ってもよい。ただ単に日常を超えた世界に対するあこがれが強いだけだ。 だからあまり長続きしない。入信してもすぐにやめてしまう。彼いわく、彼はこれまで「入った宗教団体すべてで他の信者に議論やケンカをふっかけてトラブルをまきおこし」、自分の名前が「宗教界のブラックリストに載っている」のだそうだ。そんなブラックリストが存在するのかどうか知らないが、宗教にくわしいことはたしかだ。いつだったか、オウム真理教とかいう宗教団体に入信して行方をくらましたことがあったが、数ヵ月後に「あんまり大したことなかった」と言いながらやっぱり帰ってきた。 「その宗教団体なら知ってますよ。入ったことはありませんけど」 そう前置きして、小林君はペラペラとしゃべりはじめた。それは「宗教関係の友人から聞いた話」だそうで、駅前で腹が痛くなってうずくまっていたら、どこからともなくおばさんが何人も集まってきて取り囲まれ、いっせいに手かざしをしてきた、というものである。「救急車を呼んでください」といくら懇願してもおばさん軍団はほほえみながら手をかざすばかりで、誰も119番してくれなかったそうな。ううむ、話としてはおもしろいけど、あんまり参考にならないね。 「それより僕も一度つれていってくださいよ!」 小林君は血気づいた。 「なかなか楽しそうじゃないですか! 僕がいっしょなら安心ですよ! なあに、信者百人やそこらどうってことない、トラブルおこして集会をめちゃくちゃにしてやりましょうよ!」 僕はあいまいに返事をして電話を切った。やっぱり相談するんじゃなかった。騒動をおこして火の粉を浴びるのは、素性も住所も知られてしまっているこの僕なのだ。 そして正直くやしくも思った。小林君からはことあるごとにおもしろおかしい宗教話を聞かされる。ネタのない僕は笑って聞いているだけだ。畜生、うらやましいぞ。僕もみんなをあっと驚かせる体験談がほしいぞ。ならばこれはチャンスではないか。あの信者どもとサシで勝負して僕も武勇伝をつくるのだ! 翌日、いつものようにやってきた手かざしおねえさんに向かって、僕は神妙な口調で言った。 「じゃあもう1回だけ行きましょう」 どっと歓喜の声をあげる信者どもをなだめ、僕は続けた。 「でも約束してください。あと1回だけです。入信もしません、何があっても。話を聞きにいくだけですから。いいですね、約束ですよ」 でも約束が守られるとは僕は頭から信じていなかった。きっとあの手この手を使って僕を入信させようとするにちがいない。わかっている。受けて立つぞ。僕の胸のうちでは真っ黒い好奇心がドロドロと渦をまいていた。 |
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