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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

33.宣戦布告されるの巻

 初夏のある日、僕の名前が雑誌に載った。文学誌に小説が掲載されたとか、そんなかっこいいことじゃなく、オカルト月刊誌の「お友達募集」欄に載ったのだった。僕は元来、心霊とかUFOとか予言だとか、そういうウサンクサイ話が大好きなのだ。悪いか。

「超常現象について研究するサークルをつくりませんか。こちらは京都市在住。連絡求ム」

 質の悪い紙に印字された自分の文章をながめて、僕はほくそ笑んだ。いまから3ヶ月前、入学したての頃、大学生活にはやくも不安を感じて思いつきで投稿したのだ。この時期に掲載されるとはグッド・タイミング。予感はいままさに現実のものとなりつつある。あの腐りきった大学で友達をつくるなんて、僕にはやっぱり不可能なのだ。

 ならば大学の外で「仲間」をさがすしかない。もちろんオカルトなど本気で信じるはずもない。高校の頃ならともかく、科学の道へすすんだいまとなってはかなり懐疑的な目で見ている。しかし信じる信じないは別にして、大学という枠を超えて友達がいるというのはいいもんだ。それに、あわよくばってこともある。いや、崇高なるサークル活動の場に僕の個人的な痴情を持ちこむつもりはさらさらないのだ、でも万が一、万が一ってこともあるではないか。

 その「あわよくば」はすぐに現実味を帯びてきた。雑誌発売から数日後、ディズニーのキャラクターが描かれたメルヘンチックな封筒が届いた。封を切ってみるとビンゴ、それは「京都の大学に通う18歳の女の子」からの手紙で、「北海道から出てきたばかりで友達がいない」らしく、「一度会ってお話したい」ということだった。これはこれは。なんとも思惑どおりの相手から手紙がきたもんだ。いやいや、僕には「思惑」などあってはない、僕はガールフレンドを募集したのではない、サークルのメンバーを募集したのだった。しかし向こうが「会いたい」と言っているのだからしかたがない。

 いてもたってもいられなくなった僕は、アパートを飛び出し、近所の電話ボックスへと走った。でも記載の電話番号にいきなり電話するのは野暮かもしれない、夜も遅いことだし。僕は電話ボックスの前でウダウダと思いあぐねたうえ、結局なぜか小林君の番号をまわしていた。

「小林君たいへんだ」
「えっ。また食料が底をついたんですか」
「ちがう。そんなことじゃない、デートすることになったのだ」
「えっ、デート」

 小林君は気が抜けたような返事をし、でも傍観者として楽しんでいるようでもあった。

「しかしオレはこれまでデートなるものをほとんどしたことがない」
「お茶飲んだり遊んだりして、適当に会話を楽しめばいいんですよ」
「適当に楽しむとはどういうことか」
「なんなら僕もデートについていきましょうか」
「うむ、できればそうしてほしいところだが」
「変装してこっそりついていきますよ」
「あかん、やっぱりくるな」
「だいじょうぶ、わからないように尾行しますから」
「デートがだいなしになる」
「だいじょうぶですって」
「たのむからくるな」

 しかしデート、じゃなくてサークル初顔合わせの当日、小林君は本当にやってきた。

「絶対にバレませんから。ピンチのときにはただちに助けに入りますから」

 京都三条駅に現れた小林君は、ダークなサングラスと全身黒づくめのスーツというブルース・ブラザーズ・ファッション、おまけに白いマスクで口を覆っていて、50メートル先からでもはっきりとわかる。

 僕はあわてた。まるでハエでも追い払うかのように小林君を手であしらった。ちょうどそのとき、街の雑踏の中からひとりの少女が近づいてきた。それが約束の彼女だと僕はすぐにわかった。なぜなら彼女は、例のオカルト雑誌を胸にかかえていたからだ。

 しかしなんというか。予想外のキャラクターだった。フリフリのついたドレスを着て、髪の毛もどういうしくみになっているのかわからない複雑怪奇なスタイルにたばねていた。まるでいがらしゆみこの漫画から飛び出してきたみたいだ。オカルト趣味をもつ女性というのは、もっと影があるものとばかり思っていたが。

 僕は例によって緊張し、手はふるえ声はかすれ、会話を楽しむどころか言葉を発するのもやっとという状態だったのだが、その点は彼女のほうがうわ手だった。

「近くにいい喫茶店知ってますよ」

 彼女は笑って先へと歩き出し、やっぱりメルヘンチックな店へと入っていった。そして彼女は一方的にしゃべりまくった。時間がたつにつれて僕の緊張もほぐれていった。実際話してみると彼女は天真爛漫で明るく、かといって常識はずれなわけでもなくむしろ礼儀正しく、北海道の大草原で育った健康少女といった感じだった。ときどき、「でも私、麻薬とかにすごく興味あるんですよね」とか物騒なことを言い出すのでヒヤリとさせられるのだが、まあそれも愛嬌。OKでしょう。

 だいたい、僕が萎縮する必要なんてないのだ。僕には劣等感がある。自分が変わっているんじゃないかという劣等感だ。でも本当に「ヘン」なのはむしろこの腐敗した世の中のほうで、自分が数少ない「マトモ」な人間であるということを僕は知っている。ならばこれはむしろ優越感と言うべきか。とにかく、周囲から変人あつかいされてはいないか、浮いてはいないかと、いつも戦々恐々としているのだ。

 しかしいま僕の目の前にすわっている彼女。幽体離脱やエイリアンやノストラダムスについてメルヘンチックに語る彼女は、あきらかに「ヘン」ではないのか。ならばお互いさま、そうだ、もっと堂々とかまえていればいいのだ。

 数時間して僕らは別れた。それなりに楽しい出会いだった。まあ僕にとっては一種のリハビリみたいなもんだ。女の子に慣れるリハビリ。

 するとそこへ、いったいどこに潜んでいたのか、黒づくめの小林君がまるで虚空からわいてきたみたいにヌッと姿をあらわした。

「なかなかかわいい娘じゃないですか!」
「ど、どこにおってん!?」
「ずっとそばにいたじゃないですか。喫茶店でも斜めうしろにすわってたんですよ。しかしかわいかったですね」
「そんなにかわいかったか」
「そりゃあもう」
「ほんとにそんなにかわいかったか」

 僕は執拗に問いただした。そりゃあ僕自身も、まあかわいいほうだとは感じていたが。単に僕の趣味が変わっているだけかもしれない。人に聞いてみないと気がすまないのだ。

 そのあとはふたりでアパートにいき、何をするともなくだらけてすごした。

 小林君は話したいことがあるようだった。なんでも、第三次世界大戦が起こったらどうすればいいか、という話だったように思う。よくおぼえていない。デートの余韻にひたって真剣に聞いていなかったのだ。

「高野さんはどう思っているんですか?」
「ん。デートのこと?」
「ちがいますよ! 有事の時にどうすべきかという話です」
「有事ってなんや」
「大戦が起こって敵国が攻めてきたら、僕たちは武器をとって戦うべきなんだ。警察も自衛隊もあてにならない。ハルマゲドンになったら法律なんてもはや意味をなさない、殺すか殺されるかですよ」
「ハルマゲドン? ほんまに起こるんか? たしかにオレも昔は信じてたけどね。なにはともあれ、法律をやぶるのはよくないね。どんなときでも法律は守るべきだ」
「でも僕はやりますよ、自分の手で戦うんだ! 自衛隊なんかたよってられるか! 殺すのだ! みなごろしだ!」
「あかん。法律にしたがえ。さもなくば」
「さもなくば?」
「小林君、僕は君を殺すよ」

 しばらくして小林君は帰っていった。あいつはいったい何を言いたかったんだ。せっかくいい気分にひたっているのに、わけのわからんこと言い出しやがって。これだから宗教とか左翼思想にはまっているやつはイヤだね。ん、人のことは言えない、か。僕も何かヘンなこと言ったよう気もするが。まあいいか。

 『社会科学研究会』の別のメンバー、中村君から連絡が入ったのは、その数日後だった。

「高野さん。小林君にいったい何を言ったんですか」
「ん。小林君がどうかしたんか?」
「どうしたもなにも、怒り狂ってますよ。高野君に対して『宣戦布告する』って」

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