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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
34.作曲に心奪われるの巻結局僕ら「社会科学研究会」は、若奥様と子どもらが集う昼さがりの阪急百貨店屋上にて、緊急ミーティングをひらくことになった。 この場所を選んだのは単に無料で長時間いすわれるからで、100円入れたら動き出すドラえもんアンパンマンセーラームーンの遊戯具とたわむれるガキどもを横目に、4人でほこりまみれのプラスチックテーブルをかこんだ。 小林君がひとり大まじめな顔をして切り出した。 「今日ここに集まったのは他でもない! 我らが研究会に対する高野氏の冒涜行為を断罪するためである!」 他のメンバーふたり、中村君と田中君はキョトンとした目で見つめかえすばかりである。 それは僕も同様だった。 小林君の主張はこうだ。 先日、小林氏は高野氏に対し、「 第3次世界大戦がおこったらどうするべきか」という問題提起をおこない、「自ら武器を持って戦うべきだ」という主張を展開した。しかし高野氏は色情にうつつをぬかし、まともに聞く耳をもたず、「有事においても法律を守るべきだ」というなんとも平和ボケした回答をかえしたばかりではなく、もしも法律を犯したならば小林氏を「殺す」という暴言まで吐いた次第である、云々・・・・・・。 ガキどもはますます馬鹿みたいに騒ぎまわり、若奥様どもは永遠に続くかと思われる井戸端会議に花をさかせ、それにつれて小林君のアジテーションもますます声が大きくなった。僕はというと、もはや心ここにあらず。そりゃあたしかに深刻なテーマかもしれないが。小林君、君にそれを論ずる資格はあるのか? 論じきれるだけの知識も教養もないではないか。 昔はこんな安っぽい集まりじゃなかった。「社会科学研究会」は、社会の問題を科学的に解明しようという非常にアカデミックな目的を持った集まりだった。毎回ちゃんと議題を決め、メンバー各自が図書館で調べデータを集め、ミーティングの場で発表し議論するという、少なくともかたちだけは「研究会」らしいことはやっていたのだ。 ところが初代会長であった水谷さんが自衛隊にいってしまってから研究会はおかしくなった。もともと一癖もふた癖もある思想の持ち主の集まりであったのが、水谷さんというブレインをなくした今となっては単なる変人の集まりだ。こうなってしまったのは2代目会長である僕の責任であるのだが。こんな研究会、続けていくだけの意味はあるのか? 小林君は空回りし続けた。声はどんどん大きくなるのだが、論旨がそれにともなわず、僕に対する罵倒の羅列にすぎなくなった。 さすがの彼もそんな雰囲気に気づいたのだろう、小林君の声は突然プツリと途切れた。 「すみません、やっぱり僕が悪かったんです! 申し訳ありませんでした!」 小林君は唐突に頭を下げてあやまり、このミーティングはお開きとなった。初夏の太陽に照らしつけられ、汗だくになっただけだ。なんのこっちゃ。 こんなことをしている場合じゃないのだ。 季節はもう夏。夏といえば夏休みだ。しかし大学は、夏休みに入る直前に試験があるのだった。そろそろ試験勉強をはじめなければならない。 しかし入学してからというもの、講義をほとんどまじめに受けていない。そもそもろくに出席していない。もちろんそれは僕自身の判断によるものである。「受講する価値もない」と見切りをつけたからこそ、自らの意志で講義を放棄し続けてきたのだ。 こんな三流大学、卒業したところでなんの意味もない。僕は自分自身の力で未来を切り開いていかなければならない。そして偉大な科学者となって宇宙の真理を解明するのだ。しかし世間一般では、「学歴」というものはそれなりに意味を持つものらしい。悲しいかな、それが現実だ。適当に勉強して適当に試験をパスし、さっさと自由の身になって夏休みに突入しよう。 僕はまず、講義のノート集めからとりかかった。チンメ氏はじめ理工学部の男どもをつかまえ、ノートを強引に借りた。相手がしぶったときは、手をもみ、頭をさげ、ときには食堂のラーメン定食をおごったりして借りた。プライドの高い僕でも、こういうときはちゃんと頭を下げることもできる。なに、いまだけの話だ。いずれ時代が変われば、むしろ連中のほうが僕のまえにひれ伏すようになるのだから。 かき集めたノートを今度はコンビニに持ち込み、片っ端から狂ったようにコピーをとりまくった。この出費、馬鹿にならないね。ふだんはコンビニのレジに立ってアホな客どもに頭を下げているのに。コピーごときにどうしてこんなにも金をつぎ込まなければならないのか。この理不尽さ。1時間後、僕はまだ熱を持ったままの紙束をかかえて店を出た。しかし僕はなんと勉強熱心なんだろう。 アパートに帰り、さっそくコピー用紙をデスクにひろげた。たかが三流大学の中間試験、僕の手にかかればチョチョイのチョイだ。おっと、そのまえにコーヒーね。たまにはコーヒーでも入れてお勉強ムードにひたりましょう、明かりも小さくして雰囲気を出しましょう。 しかし。ようやく机にむかった僕はコピー用紙を見つめた。なんという粗い印刷だろう、コピー機のせいか。それにこの汚い文字はなんだ。読めないではないか、こいつのノートはダメだ。こっちのコピーはどうだ。なんだ、半分しかノートをとっていない、誰だ、チンメ氏か、あいつめ講義をサボりやがったな、けしからん。だんだんコピー用紙がごちゃまぜになってわけがわからなくなってきた。しかしどうして俺はこんな無駄なことに貴重な時間を費やさなきゃならんのだ。大学受験をパスしたと思ったらまたテスト。テストが俺の生涯ついてまわる。この不条理な気持ち、いかにすべきか。そうだ歌にしよう。テストの理不尽さを歌にして発表しよう。三条河原町の路上で弾き語りライブと洒落こもう。そうだそうしよう。 気がつくと僕は机をはなれ、ギターをかかえ部屋の片隅にうずくまってひとり作詞作曲に熱中しているのだ。 |
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