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ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」

38.目の前で踊られるの巻

 夏休みに入り、まず中学の同窓会があった。

 ついにこのときがきた、と僕は思った。僕に着せられた汚名の数々をいまこそ晴らそうぞ。根暗でガリ勉でノストラダムスを信じてやまないオカルト野郎だった中学時代。それから高校まで一貫して変人でとおっていた。でも昔の話だ。いまはちがう。科学の道をこころざし、ときには路上でギターを弾いちゃったりなんかするさわやか好青年として生まれ変わったのだ。新しい僕をみんなに見せてやらねば。変人扱いした連中をギャフンと言わせてやるのだ。僕はありったけの洋服をひっぱり出し、ああでもないこうでもないとコーディネートを悩みあぐねたあげく、結局いつもどおり頭にバンダナを巻いて家を出た。

 それは学校主催の同窓会で、地元の公民館を貸し切っておこなわれていた。卒業から5年目の節目にみんなで近況を報告しましょうという意図らしい。おめでたいね。会場に足を踏み入れると、いるぞいるぞ、僕をいつも小馬鹿にしていたあいつ、僕が勝手に恋焦がれていたあの娘、みんなそろっている。

 そのうちの何人かが僕を見つけ、遠巻きにするような感じでゆっくりと近づいてきた。なに、おびえることはない、あの頃の僕はたしかに少しアブナイやつに見えていたかもしれないが、あれは言うなれば仮の姿、いまでは殻をやぶってツルツルのゆでたまごみたいにピュアな笑顔を浮かべて君たちの前に再び現れたのだ。さあみんな、僕のまわりに集まって、まだ青かったあの頃の思い出話を語り明かそう。しかし実はみんなは僕を見ていたのではなく、僕の頭に巻かれた真っ赤なバンダナを見ていたのだった。

「ひさしぶりやなあ」

 と僕は何人かに声をかけた。そんなありふれたあいさつがいかに空虚なものであるかは百も承知しているが、ほかにいったいどんな言葉があるというのだ? 

 声をかけられた側は「おう」とか「ああ」とか、条件反射のように意味のない返事をかえしてきた。みんな笑顔だった、トレンディードラマの第1話あたりに出てきそうな情景だった。これはひょっとすると本当に、何かの物語のスタートなのではないか? 同窓会で5年ぶりに再会した男女がくりひろげる、涙あり笑いあり恋愛ありの青春ストーリー。主役はもちろん僕だ。ならばここは、自分が昔とはちがうということをしっかりとアピールしておかねば。

 僕は一方的にしゃべり出した。科学者を目指していること、ストリートミュージシャンをやっていることなどをさりげなく盛り込み、そしてスキあらば実際に僕の作詞作曲メモを見せてやった。それは僕が前日から準備していたものだった。自作の歌詞を走り書きしたノートの切れはしを、クリアケースに入れてカバンの中に忍ばせていたのだ。会費を払うふりや同窓会のスケジュールを確認するふりをしてクリアケースを取り出し、「さて、アレはどこに入れてたかな……」などとつぶやきながら相手の目の前にちらつかせるのである。

 何人かはそれに気づき、何人かは気づいてくれなかった。どちらにしろ、みんな表情をまったく崩さない。引きもしなければ驚きもしない。「ふーん、そうなんや」とか「へえ、すごいやん」とか口の先っちょだけで言いながら、穏やかな笑顔をピクリとも動かさない。これはおかしいぞ。僕はだんだん気づきはじめた。なんなんだこのふやけた会話は。「同窓会トーク」とでも言おうか、みんなあたりさわりのない話術をいつのまにやら完璧に体得しているのだった。そうか、みんなオトナになったんだね。僕たちがあんなに嫌っていたオトナという種族に。

 しかし周囲をみると、みんな本当に心から笑って語りあっているように見える。ということはこの「同窓会トーク」は僕に対してだけか。そうか、僕はやっぱりヘンか。ストリートミュージシャンやっててもダメか。宇宙の真理を探究している段階ですでにアウトか。だったら無視してくれたほうが楽というものだ。あの頃みたいに小馬鹿にして笑ってくれ! ――いやいや、すべては僕の被害妄想にすぎず、ひとり相撲をとっているだけなのか?

 30分ともたなかった。僕は急速に疲れていった。そのとき、ひとりのおっさんがこっちに歩み寄ってきた。あの顔には見おぼえがあるぞ。中3のときの担任ではないか。元同じクラスの連中がいつのまにやら担任のまわりにわらわらと集まってきて、親しげに会話を交わしている。僕は目を疑った。みんないったいどうしてしまったのだ!? 忘れたのか、君たちがいましゃべっているのは、誰もが忌み嫌っていたあの暴力教師だぞ。

 ふだんはふてぶてしいくらいニコニコしているが、前触れもなく突然ご機嫌ななめになって生徒をゲンコツでなぐるのだ。僕も1度なぐられた。当番にちょっと遅れていっただけで理由も聞かずにいきなりナックルをかましてきやがった。それも3発も。あのとき僕はどうしたか。だんだん思い出してきた、あのとき僕は激痛に耐えながらヘラヘラと笑ってあやまったのではなかったか。人生最大の汚点だ。あのときすかさずなぐりかえしてやるべきだった。あの屈辱、絶対に許すまじ!

「先生、高野君はいまストリートミュージシャンやってるらしいっすよ」

 気を配ったつもりか、誰かが話題のさきを僕にふった。担任は僕を見た。さっきまでほころんでいたその表情が見る見るうちにこわばった。そしてなんだか汚いものでも見るかのように、四角い眼鏡の底からジロリと僕を見おろした。なんだこいつ、やる気か!と僕は憤慨し、でも次の瞬間その理由がわかった。それは僕自身が、いまにも噛みつきそうな形相で担任の顔をにらみつけていたからだった。

 そして気づいた。ここ数年間ですっかり別人に生まれ変わった気になっていたのが、結局のところ僕は全然変化していないのではないか。人類が滅亡すると信じていようと科学者をめざしていようと、僕は僕だ。まわりにいる人間の誰ともちがう。幸か不幸か。だから僕とその他大勢とのあいだには、埋められるはずもない絶望的なギャップが口を開いている。中学の頃はそうだった。だから当然いまもそうなのだ。いつからそうなってしまった? 小学校の頃からか、それとももっと前からか? わからない。少なくとも物心ついた時点で僕はすでに、ひとりきりだったような気もする。

 それにくらべておまえらは。僕は会場を見まわしてみる。もとから軽薄で社交的だった連中はまだいい、許せないのは元ヤンキーどもだ。根暗少年と不良、表面こそちがえど僕は連中にシンパシーをおぼえていた。さわるものみな傷つけるその孤高な態度にひそかに共鳴すらしていた。ところがいまではどうだ。

「あの頃はたいへんお世話になりました!」
「いまではまじめに働いています!」

 教師どもにやけにペコペコしているやつがいると思ったら、それは決まって元不良だった。僕は目を覆いたくなった。改造ズボンに龍の刺繍入り学ランに剃りこみというツッパリスタイルはどこへやら、いまではすっかり腰の低い米つきバッタになってしまっている。おまえらの反抗ってのは、しょせん5年やそこらで萎えてしまうような、そんな薄っぺらいものだったのか?

 同窓会が終わり、例によって誰かがカラオケに行こうと言い出した。僕はとうの昔に苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまっていたのだが、そのまま帰るのもしゃくにさわり、ついていくことにした。

 酒でも入れば旧友たちと心のトークができるのではあるまいか? しかしその読みは甘く、というかこうなることはわかっていたのだが、周囲が酔っ払ってドンチャン騒ぎをするのと反比例して、真っ暗な深海に沈んでいくように僕のテンションは下がっていった。

「ホー!」

 誰かが奇声を発し、どこから持ってきたのかアフロのカツラをかぶって踊りだした。そういえばあいつも不良グループのひとりだったな。僕は冷静に思い出す。『天上天下唯我独尊』と彫られた金ボタンを学生服につけていた。そのくせ、飼い猫が死んだときはメソメソ泣いていたっけか。そうじの時間に先生に叱られ、一度ブチ切れたことがあった。

「なんでオレばっかり注意されあかんねん!」

 そいつは顔を真っ赤にして、まるで15年間の自分の人生をかけるみたいにして本気で怒っていた。

「なんでオレばっかり!」

 彼はいま、僕の目の前で腰をくねらせながら踊っている。アフロのカツラをかぶったまま。

「どうしてん、なんでそんなにムッとしてるねん」

 彼は僕を見おろし、大声で笑った。僕はつくり笑いを浮かべる気力すらなく、かといって説教してやる勇気もなく、ただ黙ってにらみかえした。頭が割れるように痛かった。きっとジントニックを飲みすぎたせいだ。

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