![]() |
| |ホーム>ひきこもりっくすもくじ|制作者について|掲示板 |
ひきこもりドキュメント「ひきこもりっくす」 |
39.人殺しあつかいされるの巻その1。 8月に入り、まず菅原から返事があった。 「宇宙の真理についてのさらなる考察をここに送る」 大判の黄色い封筒を開けると、にじんだインクの文字がレポート用紙をびっしりと埋めつくしている。また菅原はこうも書いていた。――アインシュタインは25歳のときに書いた論文でノーベル賞をとった。俺たちも決して若すぎることはない。俺たちは宇宙の真理の解明まであと一歩のところまできている。近い将来、ふたりでニュースステーションに出演し、世紀の大発見について久米宏からインタビューを受けているようすが目に浮かぶようだ。だから去年ふたりで自費出版したあの本、盗作されないように著作権についてはじゅうぶん注意するように。――云々。 僕はあわてた。本当にひさしぶりに部屋のそうじをした。床に散乱した紙切れをかき集めた。それは僕がここに移り住んでから書きためてきた、いや書き散らしてきた、詩や小説や宇宙の真理についての草稿だった。いまのところどれひとつとして実をむすんでいないが、あせることはない。大学生活4年間のうち、まだたったの3ヶ月がすぎただけなのだ。 紙切れをかたづけると、靴下やらTシャツやらパンツやらが出てきて、そのどれもに見たことがないような黄ばんだシミがついていた。そのすべてを洗濯袋につめこむと、さらにその下からはコンビニ弁当の食べかすや組み立てかけの電子基盤が出てきた。電子基盤については、たしかアイデアをひらめいて夢中でつくりはじめた記憶があるが、いったいどんな発明をするつもりだったかよく思い出せなかった。まるで古代の地層を発掘している考古学者になったみたいな気分だ。 夕方になり、部屋は少なくとも見た目はきれいになった。僕は数ヶ月ぶりに見た畳に灰皿をひとつおき、煙草を吸った。遠くでセミが鳴いていた。夏だ、なんという季節だ、この熱気と湿気の中に身をおいているだけで、心の底で狂気に似た何かが眼を醒まして暴れはじめるようだ。などと詩的に考えてはみたが実際のところただ単に暑いだけで、エアコンなどというぜいたく品はなく、扇風機からはねばっこい空気がふいてくるだけ、僕はひとりかっこうつけて煙草をくわえたまま汗をとめどなく流しているのだった。僕は「宇宙の真理メモ」と必需品だけバッグにつめこむとアパートを出た。 その2。 大阪にたどりついたら夜だった。 僕は考えあぐねていた。数ヶ月ぶりに母親に会わなければならないわけだが、さて、いったいどんな顔をして帰ろうか。大阪のゴミゴミとした住宅街を「ふるさと」などと呼べるわけもなく、だいたい生まれてこのかた十回以上も引越しをくりかえしてきた僕にとっては故郷を思う気持ちなど微塵もない。僕に故郷はないのだ。もとをたどれば僕がひとり暮らしをはじめたのも家族というしがらみから自由になりたかったからだ。いませっかくその自由を満喫しているというのに、懐かしいも糞もない。じゃあその苦々しい気持ちを思い切り顔に出して帰ってやろうか、しかしそれでは僕の立場が不利になる、だが心にもない作り笑いをひと夏中たたえてすごすのもつらい。 というわけで僕は無表情をとおすことにした。チャイムを押すと、しばらくして屋内から廊下を走るスリッパの足音が聞こえ、ドアが開いた。母だった。 「おかえり。ひさしぶりやねえ」 僕は生返事でとおした。しかしアレだな、無表情をキープするのも意外と労力を要するものだな。 家の中はなにひとつとして変わっていなかった。居間の真ん中では大型テレビがくだらないバラエティ番組を流していつまでも騒いでいたし、ダイニングテーブルの上には食べかけのごはんやサラダやイモの煮っころがしが散乱していて、それを三角傘の照明がまんまるく照らしていた。広いくせして息がつまりそうなほど窮屈な家だ。 その3。 人間は通常、外界から受ける情報の約80パーセントを視覚にたよっている。つまり嗅覚や聴覚の果たす役割は残りの20パーセントのそのまた一部分にすぎないわけで、あくまでもオマケ、副次的な感覚にすぎない。そんな話を何かで読んだことがある。ところがいまの僕はどうだ。僕はいまダイニングテーブルについている、目のまえには白ごはんやサラダや食い散らかされたおかずがならんでいる。それのなんと香ばしいことか。さまざまな食材、数種類の香辛料、そのひとつひとつがそれぞれ固有の香りを持っていて、湯気とともにテーブルの上にまるで七色の虹のようにわだかまっているのが見える、いや本当に見えるぞ。さてはこれまでよっぽどロクなものを食っていなかったせいか、はたまた僕の嗅覚が狂ったか。 意識を研ぎ澄ませる、するとわかるわかる、食べ物だけじゃない、あの廊下をまがった洗面所からは僕が使っているのとはちがう洗剤のにおい、天井の四隅からは長年たまったほこりのにおい、全部かぎ分けられるぞ。聴覚もそうだ、家の外を走るバイク自動車ダンプトラックのエンジン音、あの階段をあがった2階からは弟が聞いているFMラジオの音。こんなに物音がクリアに聴こえたことがかつてあったか。 僕は風呂場の鏡のまえに立つ、そしてようやく気づく。アパートには小さな鏡しかなかった、でもこうやってあらためて自分の顔を見ると3ヶ月前とはまるで別人だ。ほほが鋭角にこけ、ギョロリと突き出た瞳の下にはクマ。僕はおそるおそる、いや正確には期待に胸ふくらませながら体重計に乗る。大学入学までは62キロだった、でもいまは55キロ。月に2キロのペースでやせたことになる。これぞ僕の過酷な貧乏生活の証しでなくてなんであろう。なるほどそうか。かつて僧侶が深山にこもって長く壮絶な修行のすえに神通力を獲得したように、僕もひもじくむさ苦しいあのアパート生活をとおして人間離れした五感を得たのか。 その4。 僕は機上の人となる。 気ままなひとり旅と言いたいところだが、悲しいかな、母親と弟ふたりもいっしょだ。僕たちは父が単身赴任しているロサンゼルスに向かう飛行機の中にいた。ひと夏をアメリカ西海岸のオレンジ色の太陽の下ですごそうというわけだ。僕はどうせボンボンだ、悪かったな。 しかし僕には別の目的があった。菅原に会うのだ。家族でバカンスとはあくまでも仮の姿、菅原とともに宇宙の真理について議論するのがこの旅の目的だった。彼は父と同じロサンゼルスにいて、それも父の会社から車で10分足らずのところにアパートを借りて住んでいた。なんたる偶然、いや必然か。これはきっと何かある、人智を超えた大いなる力が我々に「宇宙の真理」を解明させようとあやつっているにちがいない。いやいやそんな宗教じみた考えはよそう。神など存在はしない、すべてに意味はない、それが僕たちのつきつめている「宇宙の真理」ではなかったか。 父は郊外の砂漠みたいな丘の上に高級マンションを借りて住んでいた。ひとり暮らしのくせに部屋が3つもあり、高い天井をささえる乳白色の壁が乾いた陽射しに照らされて光っていた。このブルジョアめ! だがそんなことはどうでもいい。 菅原はすぐにやってきた。塗料のはがれた軽自動車のドアが開き現れた菅原は、Tシャツに短パン、ゴム草履という西海岸ファッションに身を固めていた。僕たちはロス中をドライブし、メキシコ料理を食べ、サンタモニカビーチに寝そべりながら宇宙の真理について語り合った。 この世に愛など存在しない。神もいない。生まれてきた意味も死ぬ意味もない。そこまでは去年の段階で論証済みだ。はてさて、すべてに意味がないことはわかったが、こうして『意味がない』と議論している僕たちの言葉はいったいなんなんだ? 言葉や数字や論理。そんなものを駆使して僕たちは宇宙の真理を解き明かそうとしている。なぜそれが可能なのか? 僕たち人間の思考を思考たらしめている根拠はいったいなんなのか? 答えはすぐには出そうにもなかった。考えが行きづまると僕たちは再び車に乗り込み、ダウンタウンにある酒場にくり出してアルコールを摂取した。 しかしそんなデカダンスみたいな日々がそう続くはずもない。菅原も大学生ゆえ、いつも僕につきあってばかりもいられない。そんなとき僕は父の家にいるしかなかった。母親や弟たちといっしょに。父は会社に行っている。朝から晩までアメリカのくだらないテレビ番組を見てすごすしかない。車もない、あったとしても僕は免許を持っていない。窓を開けても岩がむき出しになった山々がどこまでも続いているだけだ。おまけにこのあたりにはコヨーテが出没するから、ひとり歩きなどもっての他だ。 はじめのうちはひとりで宇宙の真理の考察を紙にまとめたり、小説を書いたりしてすごしたが、それにも限度があった。家は禁煙なのでますますイライラしてきた。これでは軟禁状態といっしょではないか。僕の苛立ちはついに爆発した。 いくら広いといえども、家族で暮らすにはあまりにも窮屈すぎるマンションだ。ある晩、弟と部屋のとりあいになった。僕は崇高な目的のためにひとりでゆっくりと思索にふけりたいのに、部屋をゆずれとはなんたることか。言い争ったあげく、僕の中でながらく眠っていた凶暴性が眼を醒ました。気がつくと僕は弟のTシャツをつかんでいた。つかんでひきずりまわした。弟の頭をゲンコツで力まかせに5、6発なぐった。わずか数秒の出来事だったが、これで決着はついた。高校2年の弟は首のまわりを血だらけにしながら男泣きした。 夜になり、父が帰ってきた。弟の顔がどす黒くはれ上がっているのを見て父は凍りついた。 「おまえ、殺す気か」 僕を見おろす父の声はかすかに震えていた。そのセリフをずいぶんとひさしぶりに聞いたなと、僕は冷静に思った。 小学生の頃。僕は手のつけられないほど凶暴な少年だった。カッとなるとすぐに手が出た。庭でひろってきた木の枝でムチをつくり、それで弟を何度も何度もなぐった。それは深夜まで続いた。午前2時頃になると僕は突然ベッドを飛び出し、家中を走り回り、とびはね、ときにはモノを壊すこともあった。翌朝になると僕はそのことをまったくおぼえていない。僕は夢遊病だった。 そのたびに父は、怒りとも恐れともつかない表情でこう言ったものだ。 「おまえ、殺す気か。家族全員殺す気か」 こうして僕の夏はすぎた。そしてすべての準備がととのった。 地獄への扉が、いまゆっくりと開く。 |
| <前 |もくじ| 次> |