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北海道ヒッチハイク旅行記

プロローグ:出発前夜

 魔物のような夜空に花火があがる。河川敷にあふれる人々の顔を赤や緑が照らし出した。歓声があがる。ずらりと並んだ夜店の発電器が負けじと轟音をまきちらす。夜だというのにセミが狂ったように鳴き出し、すぐにまた静かになった。そして僕のとなりにはユミちゃんがいた。

「わあ、すっごーいい!!」

 花火があがるたびにユミちゃんは声を出して笑った。あまりの無邪気さに僕は半分あきれながら、やっぱり来てよかった、と思った。

 ユミちゃんは気まぐれでつかみどころのない女の子だった。友人の結婚式で知り合って以来何度も会っているのに、彼女の性格を僕はいまだに把握できないでいた。ただひとつわかったことは、彼女が『そら』というものに対して人一倍強い関心を持っているということだ。

 あれは2回目に会ったときだった。梅田を歩いていたとき、彼女は突然、「空がすごくきれい!」と言い出した。

 僕は驚いて空を見上げた。僕にはわからなかった。ビルの壁に四角く切り取られた、ただの夕暮れ空なのに……。

 ふたりで神戸に行ったときもそうだった。真新しい高層ビルの無数のガラス窓に、初夏のとろけるような青空と流れる雲がそのまんま映っていた。彼女はそれを見上げて言った。

「わあ、ビルが空になってる!」

 僕はユミちゃんの感性にとまどいながらも、ちょっとした感動をおぼえたりもした。

 花火は急速にクライマックスに近づいていった。そして、投げやりとも言えるほどの巨大花火の連射であっけなく終わった。

 僕たちは歩き出した。ユミちゃんは興奮冷めやらぬようすでずっと笑顔を浮かべている。僕は、手をつなぐべきかどうか葛藤をひと通りくりかえしたあと、沈黙に耐えられなくなって話しはじめた。

「明日からさっそく北海道行ってくるで」
「ヒッチハイクで行くねんなあ?」
「そそ、テントかついでな。大学の友達と大阪を同時に出発するねん。別々のルートをたどって、1週間後に北海道の礼文島で再会するという計画。所持金もちゃんと決めてる。2万円以上もっていったらあかんってルールやねん」
「2万円!? そんなん無理ちゃうん? 死ぬで。死になや?」

 ユミちゃんはまるで冗談のように言った。僕はこれで何度目かのセリフを恐る恐る口にしてみた。

「……あんなぁ」
「なに?」
「生きて帰ってきたらつきあってなぁ」

 一瞬の間をおいて、ユミちゃんはケラケラと笑い出した。またもやはぐらかされてしまった、と僕は思った。僕の気持ちに対する答えを、ユミちゃんはずっと保留し続けていたのだ。

 橋のたもとまで来るとユミちゃんはやっぱり笑顔でサヨナラを言い、人ごみにまぎれて見えなくなった。

 わざわざ今日のために出発を遅らせたということを、彼女はわかっているんだろうか?

 でもそんなことは、次の瞬間頭から離れてしまっている。

 北海道礼文島までヒッチハイクの旅!

 そう考えただけで、不安とその何倍もの期待とで僕の心臓はまたドクン、と脈を打った。

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