第6日:北海道留萌市
海風が強い。テントといっしょに吹き飛ばされてしまいそうだ。何度も眼が醒める。
午前3時。あきらめてテントを出る。真っ暗だ。波と風の音しか聞こえない。
北の空を見上げる。真っ暗な空に浮かぶすじ状の雲が、なぜか青白く光っているような気がする。白夜か? まさか。はるか遠くの漁船の灯が雲に映っているのかもしれない。
夜明けを待って、砂浜の片隅にあった手洗い場で歯をみがく。きょうはどこまで行けるだろうか……。僕は荷物をまとめて歩き出した。
太陽は急速に昇った。午前9時、国道ぞいの手ごろな場所でスケッチブックを広げて立つ。すると30秒もたたないうちに車が停まった。大型のバンだ。しわの多い痩せたおっさんが窓から顔を出して笑った。
「どこでも好きなところまで乗っていってよ」
陽気なおっさんだ。僕は喜んで助手席に身体をねじこませた。後部座席には、同じく陽気そうな太った若い奥さんと小さな子供ふたり。きのうは旭川を出て室蘭まで行き、
きょうは札幌まで行くという。お盆休みを利用して親戚の家を巡っているということだった。ひまさえあれば車を出し、日本一週旅行をしたこともあると言う。
しかし……よくしゃべるおっさんだ。この道は地元の人しか知らない近道だとか、あの山では銀が採掘できるとか、いちいち解説してくれる。早口なうえに少しナマリがあるので、ときどき何を言ってるのか聞き取れなくなる。聞き返すとうしろの奥さんが標準語に翻訳してしゃべってくれる。
昼前に海辺の石狩町に着く。海と草原にはさまれた一本道。何もないところだ。1件だけポツンと建っているサーモン市場の前で降ろしてもらう。
「うちの電話番号教えておこうか? 困ったときのために」
なんていい人なんだ。でもこれ以上お世話になるわけにはいかない。礼を言って降りる。
サーモン市場からはミスチルの歌が聞こえてくる。市場の横の売店でおにぎりと缶飲料を何本か買う。いつどこで降ろされるかわからないから、食料は買えるときに買っておかねばならない。
僕は再び歩き出した。この海沿いの道の300キロ先には、最北端の街・稚内があるはずだ。車は渋滞している。海水浴場に向かう車らしい。
1時間ほどたった頃、河口にかかる橋を歩いていたらガードレール越しに1台の車が停まる。
「厚田村までだけど乗りますか?」
助手席から20代の青年が顔を出す。もちろん乗せてもらう。運転しているのは青年の母親。後部座席には沖縄から盆休みに帰ってきたという親戚のおっさんが乗っている。
「ここの人はみんな親切だから、そのへんの農家に行ったらきっと喜んで泊めてくれるよー」
おばちゃんが陽気に言う。本当なのか? まあ親切であることはたしかなようだ。
車に揺られているうちに睡魔に襲われる。ゆうべの寝不足のせいか。厚田村で降ろしてもらい、小さなパーキングエリアでさっき買ったおにぎりを食べる。もうガマンできない。コンクリート製のベンチに横になって昼寝する。
気がつくともう3時を過ぎている。ちょっと眠りすぎた。あわてて歩き出す。けっこう涼しい。しかしどんどん僻地に入っていくような気がする。歩いている僕の視野の右半分には暗い森、左半分には青い海しかない。
不安になり出した頃に車が停まる。
24才の女の子と23才の男というカップルだ。旭川に帰る途中だという。彼女のほうは後部座席の僕を何度も振り返り、根掘り葉掘り聞いてくる。興味津々だ。しかし彼氏のほうは何も話そうとしない。むしろムッとしている。どうやら彼女が僕を『かわいそうだから乗せてあげよう』と言い出し、彼氏はしかたなく車を停めた、ということらしい。
途中、彼女がトイレに行きたいと言い出した。彼氏は車を停めた。僕と彼氏はふたりっきりになった。
「……お仕事は何をされてるんですか」
彼氏がようやく口を開いた。
「僕ですか? いや、実はまだ学生なんです」
「そうですか。何回生ですか?」
「3回生です」
「そろそろ就職活動とか考え出す頃ですね」
「いや、僕はまだ何も考えていないんです」
「そうですか……」
それっきり会話は終わってしまった。これは僕が悪い。彼女がトイレから戻ると、車は何事もなかったように走り出した。
夕刻、留萌市に到着。他と比べたらけっこう都会だ。コンビニも1件ある。1時間ほどさまよい歩き、ようやく野宿できそうな海水浴場を見つける。テントがいっぱい張ってある。家族づれや若者のグループ。楽しそうなようすを横目に、砂浜の一番はしに僕はひとりさびしくテントを張る。あたりはもうすっかり暗くなっている。あとはテントにもぐりこんで眠るだけ。全身に疲れがたまっているのがわかる。
深夜、再び『白夜』が見えた。
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