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北海道ヒッチハイク旅行記

第7日:北海道稚内市

 朝、テントを出ると、砂浜にたむろしていたカラスどもがいっせいに僕を見た。20羽ほどのカラスに包囲されている。海水浴客の捨てたゴミを目当てに集まってくるようだ。不気味。

 午前7時、さっさと荷物をまとめて歩き出す。きのう見つけたセブンイレブンでおにぎりとボトル入りドリンクを2本買う。まずは日本海沿いを走る国道232号線まで歩こうと思う。風はすずしいが陽射しが強い。

 2時間近く歩いて、町のはずれ、広大な海に面した崖っぷちにポツンとあるバス停で立ち止まる。

 家を出てから明日で1週間目。大阪を同時に出発した中西さんと礼文島で再会する約束だ。礼文島に行くには、日本最北端の街・稚内からフェリーに乗らなければならない。できれば今日中に稚内に到着しておきたい。でもまだ優に200キロはあるのだ。

 僕は足もとに『のせて』と書いたスケッチブックを置いた。歩道にすわりこんでウーロン茶を飲む。

 車はほとんど通らなかった。

 が、15分ほどたった頃、黒光りするスポーツカーが目の前で急ブレーキをかけて停まった。かすかなモーター音とともにパワーウィンドウがおりて、サングラスををかけた茶髪のねえちゃんが顔を出した。

「乗りますかぁ?」

 ヤンキー風でちょっと気後れするが、もちろん乗せてもらう。運転するのは金のネックレスをして同じくサングラスをかけたにいちゃん。後部座席にはもうひとり、眉毛をこれでもかと言わんばかりにくっきりと書きこんだ女の子がすわっている。3人とも陽気だ。

 運転をしているにいちゃんが大声で僕にきいた。

「どこまで行くんっすかぁ?」
「ええと、稚内まで行きたいんです」
「えっ、稚内!? 実はオレたちも稚内に行くんっすよー! でも稚内で何するんすか?」
「フェリーで礼文島に渡るんです」
「ええええ!! オレたちも礼文島に行くんっすよ!! 礼文島の実家に帰省する途中なんっす!!」

 これはツイている。今日中に稚内まで行けるどころか、礼文島まで行ってしまえるではないか。

 聞くとみんな20歳だという。大人びているので自分よりも年上かと思っていたが。 にいちゃんは理容師、女の子のひとりは美容師、もうひとりはエステティシャンだという。どうりでみんなオシャレなわけだ。

 しかし無茶苦茶な運転をするやつだ。大草原をつらぬく2車線の国道を時速120キロでかっとばす。前を走っている車を狂ったように抜かしていく。 
  
「事故ったらオレたちといっしょに死ぬことになるけどいいっすかぁ」
「しゃあない、運命共同体や……」

 僕は苦笑いを浮かべてそう答えた。

 が、にいちゃんの運転の荒さはそれでおさまるどころか、どんどんエスカレートしていった。車のメーターが時速130キロを指し、ついには140キロを超えた。さすがにスピードの出しすぎだ。ハンドル操作を誤ったら最後、ガードレールを突き破って海にダイブするか、牧場のサイロに突っ込むハメになる。一巻の終わりだ。

 まだ死にたくはない。僕の笑顔はだんだんひきつり始めた。にいちゃんはどんどん無口になっていく。イライラしているようだった。午後2時のフェリーになんとしてでも乗りたいのだと言う。

 間に合うのか? フェリーを1本遅らせたっていいじゃない、と女の子ふたりが説得にかかる。しかしにいちゃんは頑としてスピードを落とそうとしない。車内で口論が始まる。殺気だった雰囲気だ。こんなとき僕はどう対処すればいいのか?

 オロオロしているうちに午後2時になった。なんとか無事に日本最北端の地・稚内に到着。稚内に着いたことよりも、生きて車を降りられたという安堵感のほうが強い。

 でもフェリーには間一髪で間に合わなかった。波間の向こうへ遠ざかっていくフェリーを見て、にいちゃんは罵り声をあげた。

 昼ごはんを食べようということになる。フェリーターミナルのこじんまりとした食堂で、4人で食事をとる。食べ終わる頃には、にいちゃんはもとのにこやかな性格に戻っていた。やれやれ。

 次のフェリーの出航は午後4時半だ。

 礼文島に渡る前にやっておかなければならないことがあった。

 大阪の『リッキー』に電話すること。そして『礼文工芸』に電話することである。

 リッキーは大学の友人だ。本名が『力』なので『リッキー』というあだ名がついた。僕と中西さんは出発1週間後に礼文島で再会する約束をしたわけだが、具体的なことは何も決めていなかった。かわりに、共通の友人であるリッキーに連絡係を頼んでいた。稚内に到着したら彼に電話を入れるという約束になっていたのだ。

 ターミナルの公衆電話をとる。呼び出し音が何回か鳴り、

「もしもし……」 

 けだるそうな声が聞こえた。リッキーだ。

「オレや。高野。やっと稚内についたで!」
「……稚内? ……ああ……」

 僕が旅に出たことなどすっかり忘れていたかのような口調だ。

「ところで中西さんからなんか連絡あったか?」
「ありましたよ」
「あった? いつ!? なんて言ってた!?」
「つい2時間ほど前です。たしか……これからフェリーで礼文島に渡る、とか言ってましたけど……」

 そうか。2時間前ということはさっきの便に乗っていたのか? 少なくとも稚内まで来ていることはたしかなようだ。僕は手短に礼を言って電話を切った。

 問題はその次だった。

 大阪を出る前、僕は別の友人にある店を紹介してもらった。彼は昨年礼文島に旅行したとき、『礼文工芸』という小さな土産物屋で親切にしてもらったという。そして『北海道に来たときにはまたいつでも遊びにきてくれ』と笑顔で言われたらしい。

 だから礼文工芸をたずねていけばきっと良くしてくれる、泊めてくれるかもしれないし、少なくともメシくらいはおごってくれるだろう、オレからも電話で頼んでおくから……。友人はそう言って、僕に礼文工芸の住所と電話番号を教えてくれた。

 僕はコレに期待をかけていた。家を出てから1週間、体力的にも限界に近づいている。食事をごちそうしてくれるだけでありがたいし、泊めてくれたりなんかしたら泣いてよろこぶだろう。僕は再び受話器を握った。

 トゥルルルルルルル。トゥルルルルル……。

 しばらくして、男の低い声が受話器ごしに響いた。

「あーもしもし。礼文工芸ですが」
「もしもし? 大阪から来た高野ですー!」
「あー?」
「あっ……あのですね、去年そちらに原田というものがお伺いしたと思うんですが」
「原田? ……あー原田君」
「彼にですね、礼文島に行くなら是非とも一度は礼文工芸をのぞくようにって言われまして……」
「聞いてます」
「聞いてますか!」
「聞いてますよ。このまえ原田君から電話あったからね」
「そうですか」
「そうです」

 妙な沈黙が続いたあと、むこうがようやく口を開いた。

「あの、礼文島に何しに来るんですか」
「えっ。何しに、と言われましても……」
「どこに泊まるか決めてますか」
「いちおうテント持ってるんですけど」
「あーテントね……。じゃ、礼文島に着いたらまた連絡ください」

 電話は切れた。無愛想な男だ。嫌な予感がした。でもとにかく礼文島に渡るしかない。

 午後4時15分。ここまで乗せてくれた3人組といっしょにフェリーに乗船。いっしょに家族割引にしてもらったのでフェリー代が半額ですんだ。ラッキーだ。

 約2時間のフェリーの中ではひたすらテレビを見たりしてすごす。乗せてくれたにいちゃんが高校野球を見たがったのだ。彼は2日後に札幌に戻るという。よかったら帰りも乗っていかないかと誘われ、電話番号まで教えてもらう。

 午後6時。礼文島香深の小さなフェリー埠頭にようやく接岸。ついに北海道は礼文島までやってきたのだ。感激もひとしおである。しかし喜んでばかりもいられない。この島の中から中西さんを探し出さなくちゃならない。

 3人組に別れをつげると、まずは礼文工芸に電話する。

 トゥルルルルルルル。トゥルルルルル。ガチャ。

「もしもし? 高野ですがいま礼文島に到着しました」
「あー。そうですか」
「はい……」
「礼文島はねー、国定公園に指定されていて勝手にテントはれないんですよねー」
「えええっ、そうなんですか?」
「でもそこから10キロ北にキャンプ場がありますので」
「10キロ……歩いて2時間くらいか……」
「はい、そこならテントはれますので。それじゃ」

 ガチャン。

 僕は受話器を握ったまま呆然と立ちつくした。なんという冷たい態度。どうやらむこうはを泊めてくれるどころかごちそうしてくれるつもりもないらしい。勝手に期待してた自分が悪いのはわかっているが。希望がガラガラと音をたてて崩れ落ちていく。

 しかたがないから10キロ先のキャンプ場までひたすら歩く。

 何もない。あるのは海だけだ。暮れかけた空の下にどこまでもひろがっている灰色の海。やがて陽が落ちて、1メートル先も見えないほどの闇が降りてくる。何も見えないくせに、波の音だけはやたらと大きく、はっきりと聞こえる。

 絶望的な気分のまま、それでもなんとかキャンプ場に到着。

 キャンプ場は楽しそうな笑い声であふれている。疲れ果てた顔をしてひとりでテントをはっている自分が妙に浮いている。テントにもぐりこんで横になる。どこかでギターの音色が聞こえ、グループで楽しそうに唄っている。仲間に入れてもらおうかと一瞬考えるが、いったいどうやってきっかけをつかめばいいのかわからない。

 オレはこんな辺境の地までいったい何をしにきたのか……。むなしい。とにかく中西さんを探さなければ。明日は1日かけて、なんとしてでも探し出さなければならない。

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