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北海道ヒッチハイク旅行記 |
第10日:北海道小樽市午前7時。 僕は疲れた身体をよじってテントから顔を出した。 おせじにもさわやかとは言えない朝だ。 空は灰色に塗りつぶされていた。夏だというのに肌寒かった。 悪い予感がしたが、とりあえず公衆便所に行って顔をあらう。そのあと、きのうのうちにトイレで洗濯してガードレールに干しておいた服をとりこむ。あまり乾いていないが、ほかにないので着るしかない。 テントにもどると僕は日本地図をひろげた。 大阪まで1000キロ以上……。こうして地図を見ると、あらためて遠いと感じる。でも小樽までもどればなんとかなる。小樽からはフェリーが出ている。フェリーに乗ってしまえば、20時間後には懐かしの関西……若狭湾に面した敦賀市に自動的に到着するのだ。 とにかく今やらねばならないことは、小樽までヒッチハイクすることだ。しかしこれが問題だった。 稚内まで来るときは、同じだけの距離を2日間でやってきた。しかし今度もうまくいくとは限らない。ヒッチハイクの恐ろしいところだ。ヘタすると4日や5日もかかってしまう可能性がある。 稚内から小樽までの道のりを果たして何日で走破できるか……。 これはひとつの賭けだった。 しかし、決して避けて通ることのできない賭けだ。 僕はしばらく考えこんでいた。 同じように野宿していた貧乏旅行者のひとりから、ふと気になる話を聞いたのはそんな時である。 「稚内からはサハリン行きのフェリーも出航しているらしい」 ふつうならば『へえそうなんだ』と聞き流してしまいそうな話だ。しかしこれは、僕にとってはちょっとした衝撃だった。 僕はきのう、稚内の海を見ながら『海は死に似ている』と思った。足もとにあった大地が突然とぎれ、そこから先は何もない海が無限にひろがっているだけ……。僕は海に対して死のイメージをダブらせて見ていた。 しかし、ちょっと考えればわかることだが……これは必ずしも正しくはない。 稚内の海の水平線のかなたには、広大なサハリンが横たわっている。 海は決して、『無にして無限な世界』ではないのだ。 それに、サハリンといえばロシアである。 ロシアという国に対しても、僕は人並み以上の思い入れがあった。 僕の母方の曽祖父、つまりひいおじいちゃんの話になる……。 僕のひいおじいちゃんは淡路島の普通の農家に生まれ育ったのだが、16歳のときに無一文のままひとりでいきなり日本を飛び出した。 むかった先はロシアである。 100年ちかくまえの話だから、そうとう無謀な行動だったにちがいない。ロシアに渡ったあと、彼がどこで何をして暮らしていたのか、知るすべはいまやどこにもない。しかしそれから十数年後、彼は日本軍幹部直属のロシア語通訳の仕事についていた。 やがて1917年……ロシアで共産主義革命がおこる。 革命のどさくさの最中、ロシア東端のニコライエフスクという都市である事件がおこる。 ニコライエフスクに駐留していた日本軍がロシアのバルチザンと戦い、結果、700名の日本人が虐殺されたのだ。 世にいう『尼港事件』である。そのとき、駐留日本軍トップ専属の通訳をしていたのが、僕のひいおじいちゃんだった。 ひいおじいちゃんはまもなく日本に帰ってきて家庭を持ったのだが、どういう経緯か、ロシア政府と日本政府との両側から『戦犯』として追われる身となった。 彼は逃げた……家族をひきつれて。移民船にまぎれこんで、命からがらブラジルへと逃亡したのだ。事件のほとぼりが冷め、彼らが再び日本にもどってこれたのはそれから10年ちかくたってからである。 僕もあまりくわしいことは知らない。家族のあいだでもこの事件について語られることは少ない。ひいおじいちゃんは僕が3歳のときに死んだ。祖父も父親(つまりひいおじいちゃん)につれられてブラジルまで逃げたわけだが、彼もこのことについてはあまり語りたがらない。 事件の真相も闇の中だ。ひいおじいちゃんがいったいどんな罪を犯したのか、それとも無実の罪をかけられていたのかは、いまとなってはたしかめようもない。 でも……僕の3歳児の不確かな記憶の中では、ひいおじいちゃんはだれに対してもとてもやさしく、温和な人だった。そして僕は、自分の中にふと、ひいおじいちゃんと同じ血が流れているのを感じることもある。大人になっていけばいくほど。僕は度胸も行動力も全然ない男だ。でも、ひいおじいちゃんはひょっとしたら僕と良く似た空気を持った男だったんではないかと、ふと思うことがあるのだ。なんの根拠もないのだが。 『稚内からサハリン行きのフェリーが出ている』という話を聞いたとき、僕の頭の中でこうした色々な思いが一瞬にして駆け巡ったのである。 ひいおじいちゃんがどのような経路をたどってロシアに渡ったのか、いまとなっては知るすべがない。 でもひょっとしたら……ひょっとしたらひいおじいちゃんは、この稚内から船に乗ってロシアにむかったのではないか? 「もうヤケクソや、これからサハリンに行ったろか?」 僕はよからぬ思いにとりつかれた。 もちろんそれはムリな話だ。僕は金もパスポートも持っていない。僕はすぐにあきらめた。でも一度ロシアに行ってみたいという思いだけは消えない。 もしも僕がまたこの稚内に来ることがあったら……。 それは僕がサハリン行きの船に乗るときかもしれない。 しかしいまは大阪に帰るのだ!! 僕は荷物をまとめた。 くもり空の下を歩き出す。 恐れていたことが起こったのは、ちょうどその時だ。 ぽつりぽつりと雨が降り出したのだ。 雨のいきおいはどんどん増し、10分後には本降りに変わっていた。雨粒が歩道をどんどん黒く染めてゆく。僕はやむをえず、稚内駅で雨やどりをするハメになった。 神は僕を見捨てたのか。泣きたい気分である。雨はヒッチハイカーにとって致命的だった。ヒッチハイクできるか否かは、あくまでもドライバーの選択にゆだねられている。道路脇をズブぬれになって歩いているヤツを誰が乗せてやろうと思う? そんなヤツを乗せたら車内がドロドロになる。少なくとも僕がドライバーだったら乗せたいとは思わないだろう。 僕はまたしても途方に暮れてしまった。 稚内でもう1泊しようか。そんな考えがふと頭をよぎる。しかし1日待ったからといって、あした晴れるとは限らないのだ。もっとひどい大雨になるかもしれない。そしてその可能性は大きかった。 なぜなら、これはきのう知ったことだが……大型台風が北海道にむかってまっすぐ北上していたからだ。 この雨は台風の接近が原因だった。そいつはスピードを早めながら、北海道めざして日本海を着実に北上していた。いま帰らなければ、ヘタすると稚内でさらに2日や3日も足止めをくらうハメになるかもしれない。 僕は覚悟を決めた。 リュックに入れてあった防水ジャンパーを着込む。荷物をビニールシートで包み、なるだけ濡れないようにする。 僕はしばらくちゅうちょしていたが、雨のいきおいが衰えたのを見計らって、思い切って灰色の空の下へと飛び出した。 とちゅうのコンビニで300円の透明ビニール傘を買う。これで完璧だ。いや、完璧じゃないかもしれないが、少なくとも僕に可能な最高の装備だ。 水たまりをよけながら、雨の降る歩道を足早に歩く。 歩きながら地図をひろげる。小樽までもどるルートは大きくわけてふたつあった。来たときと同じ日本海側ルートをもどるか、それとも内陸を通って帰るか。結論はすぐに出た。 内陸をとおって帰ろう! 深い理由はない。ただ、もう海を見たくなかったから。 僕は稚内の市街地を1時間ほど歩きつづけた。街中ではヒッチハイクはしない。街の中を走っている車のほとんどが地元の人であり、それにもし仮に乗せてくれる意志があったとしても、混雑した大きな道ではなかなか停まってくれないのだ。市内でヒッチハイクするより、街をちょっとはずれたところでするほうがずっと効率が良い……。僕が旅のあいだに学んだ『知恵』だ。 歩きながらずっと、雨のことばかり気にしている。いまは小雨だが、いつまたどしゃぶりになるとも限らない。本格的に降り出すまえに意地でも車を捕まえなければならない。 僕はようやく稚内市を抜けた。 内陸ルート……名寄・旭川へとつづく国道40号線をひたすら歩く。『のせて』と書いたスケッチブックを首からぶらさげながら。 稚内市をぬけたとたん、車の量がめっきり減ってしまったのだ。5分に1台くらいしか通らない。いきおいあまって街を離れすぎてしまったようだ。 僕は再び絶望的な気分に襲われた。かといって、せっかくここまで来たのに道をもどる気にはなれない。歩きつづけるしかない。民家はいまや1件も見当たらなくなり、道の両脇にはだだっぴろい畑や森がどこまでも続いている……。 50メートルほど先で1台の黒いランドクルーザーが停まったのは、その時である。 小雨のむこうで、車のテールランプが赤く点滅しているのが見える。僕は最初、なにか別の用事で停車したのだとばかり思っていた。しかし車はいっこうに動こうとしない。『もしかして……?』かすかな希望が胸の中に生まれる。僕は最初歩いていたのだが、やがて小走りに、そしてついには全速力で車にむかって走っていた。 ランドクルーザーは、やっぱり僕を待っていてくれたのである。 助手席側のパワーウィンドーが降り、30半ばの体格のいいにいちゃんが顔を出す。 「名寄市の90キロ手前くらいまでしか行かないけどいい?」 僕は荷物をうしろに積みこむと助手席に飛び乗った。 ギアを切り替える音がして、ランドクルーザーが雨の中を走り出す。 「雨の中をヒッチハイクってたいへんでしょ?」 何が幸いするかわからない。人気のない一本道を、それも雨の中を歩きながらヒッチハイクしていたので、ドライバーの同情を買ったのだ。 車は快調にとばしていく。さんざん歩いたあとに車に乗ると、そのスピードの違いがよくわかる。僕が1時間かけて歩いたのと同じ距離をたったの数分でかけぬけていく。 「でも、北海道ってそんなにいいところかな?」 にいちゃんは独り言のようにつぶやいた。 「いや、夏になるとあちこちから旅行者が来るけどね、実際に住んでる僕にしたら、そんなにいいところとは思えないなぁ。広すぎて不便だし……。そーいや何日か前にもヒッチハイカーを乗せたなぁ」
上には上がいるもんだ。 車は1時間ほど走り、適当なところを見つけて道路沿いに停車した。 ラッキーなことに、雨がやんでいる。 「さっきみたいに歩いてたら、きっと車つかまると思うよ」 にいちゃんはにこやかに笑うとアクセルを踏んだ。ランドクルーザーは走り出し、曲がりくねった道をぬけてやがて見えなくなった。 何もない。大草原の真ん中だ。 丘の上に立つと見渡す限りの緑である。北海道独特の古びたサイロや小屋が、ぽつりぽつりと建っているのがはるか遠くに小さく見えるだけだ。その真ん中を、国道とは思えないほどさびれた一本道が、曲がりくねりながら地平線の向こうまで続いている。天塩川が流れ、その両脇にはまるでジャングルのように鬱蒼とした木々が密生しているのが見える。 僕は歩き始めた。雨がやみ、雲のすきまから陽射しがさしこんでいる。なんにもないところだけど……車もほとんど通らないけど……歩いていればそのうちだれかのっけてくれるだろう。僕はもう、ちょっとやそっとのことでは動じなくなっている。 1時間ほど歩いた頃、1台の車が10メートルほど先で停まる。 そして僕のほうにゆっくりとバックしてくる。 「名寄まで行くけど乗る?」 僕は喜んで後部座席に飛び乗った。 乗っていたのは、3人の男だった。ひとりは20代、ひとりは30代、そしてひとりは40代。どういう関係だろう? 3人に聞くと、彼らは旅館関係の仕事をしていて、半分遊び半分仕事で利尻島(礼文島の南の島)まで行った帰りだという。 助手席に乗っていた30代のにいちゃんが僕にきいた。 「ヒッチハイク旅行してて、何かハプニングとかありました?」 僕は、礼文島で得体のしれないおっさんにマッサージされた話を3人にしてやった。この話がなぜか異様なほどウケた。車内は大爆笑のうずだ。それ以後大阪に帰るまで、僕は人に会うたびにこの『マッサージ事件』の話をすることになる。場を盛り上げるためのネタ話としてはもってこいだということに気づいたのだ。 僕と3人は、しばらくワイワイガヤガヤといろいろな話をしていたのだが、僕はだんだん眠たくなってきて、気がついたときには眠りこんでしまっていた。 「名寄につきましたよ」 ゆすり起こされた僕はあわて、半分無意識のうちに車を降りた。3人にちゃんとしたお礼を言うひまもなく、車は走り去っていく。と、みんな車の窓から顔を出して手をふってくれた。 名寄は比較的大きな町だった。 町の真ん中には、小さいけれどもしっかりとした商店街がある。 僕にはさっそくすることがあった。 銀行に行って金をおろすのだ。 きのう電話で母親に頼んでおいたから、いまごろ僕の銀行口座にふりこまれているはずだ。僕はしばらく商店街を歩き、やがて『北海道銀行』と書かれた建物を見つけた。 自動引き出しコーナーに入り、僕の住友キャッシュカードを挿入する。興奮と不安と空腹とで小刻みにふるえる指でボタンを押す。 ウィィィィィィン……カタカタカタ……。 機械のうなる音。長い沈黙のあと、紙幣の受け取り口が『ガタッ!』と大ゲサな音をたてて開いた。 そしてそこには灰色の紙幣が1枚……。 口元に微笑をたたえる福沢諭吉大先生のすがたがあった。 こんなにうれしいことはなかった。ほほに自然と笑いがこみあげてきて止められない。その時、僕の残金はほとんど底をついていて、食べ物すら買う余裕がなかったのだ。でもこれで、大阪までなんとか帰ることができる。 僕は金を受け取り、財布の中にたいせつにしまった。 なにげなく明細書を見る。そして頭を軽くこづかれたような衝撃を受ける。 口座にあと2万円入っている。 どうやら母は、3万円も振り込んでくれたらしい。 1万円でいいといったのに……。 この旅に出て初めて、僕は涙が出そうになった。 僕は銀行の前の歩道にすわりこんだ。気持ちが落ち着くのをじっと待った。 しばらくして立ち上がった僕は、まっすぐにコンビニへと向かった。 何も考えずに弁当やサンドイッチを大量に買いこむと、そのまま歩きながら喰らいつく。ここ数日間、あまり満足に食事もできなかった。腹いっぱい食べるなんてひさしぶりだ。 でも、お金が手に入ったとはいえ、まだまだ安心はできない。まずは小樽までヒッチハイクしなければならないのだ。でも夜になるまでにどこまで行けるだろうか。 時計を見るともう午後2時をまわっている。僕は荷物をかつぎなおすと、国道に出てひたすら歩き出した。 名寄市は北海道北部の内陸にある。稚内〜小樽間の距離のだいたい3分の1来たことになる。 僕はひたすら歩き続けた。『旭川のせて』と書いたスケッチブックを首からぶらさげながら。本当は一気に小樽まで行きたいのだが、そんな遠い地名を書いたらドライバーたちは敬遠するかもしれないと思ったからだ。 まもなく名寄市街をぬけ、僕はふたたび何もない大草原に踏み入ろうとしていた。 40分ほど歩いた頃だろうか。 赤い軽自動車が、歩道を歩いていた僕の横でゆっくりとスピードをおとした。 やった! 僕は軽自動車に走り寄った。 パワーウィンドウがしずかに降りる。 そして僕は、旅に出てからきょうまで、一度も味わったことのないような新種のショックを受けた。 車の窓からは僕と同年代のショートカットの女の子が顔を出し、僕に向かってクールに笑いかけていた。 僕は反射的に後部座席を見た。次にもう一度助手席を見なおした。やっぱり誰もいない。乗っているのは彼女ひとりだ。 何かのまちがいかと思った。僕はこれまでいろいろな人の車に乗せてもらった。おっさんだとか家族連れだとかカップルだとか……。でも、女の子がひとりで運転している車に乗せてもらったことはなかった。 僕はおそるおそるきいた。 「あの……旭川まで乗せてほしいねんけど……」 すると彼女は、「はい、いいですよ」と、 あたりまえのことに答えるようにさらりと返事をした。僕はさらに無遠慮にきいてみた。 「えっと、どこまで行くん?」 彼女は笑って答えた。 これは願ってもいない幸運だ。札幌といえば小樽と目と鼻のさきである。運が良ければ今日中に小樽にたどりつけるかもしれない。 トランクを開けてもらって荷物を押しこむと、僕は助手席に飛び乗った。車は快調に走り始めた。 でも、得体の知れない男をとなりに乗せてこわくないんだろうか。度胸のある女の子だ。そして僕にとっては、まったく女っ気のなかったこの灰色の旅に、唐突に一輪の花が咲いたかのような、そんな瞬間だった。 「あたし……実はちょっと迷ってたんですよね」 僕の気持ちを見透かしたかのように、彼女は静かにしゃべり出した。 「じつは一回、とおりすぎたんです。でも、バックミラーで見たら、なんだか途方に暮れた目つきをしてたから……」 彼女はこの2日間ほど、盆休みを利用して愛車でちょっとしたひとり旅をしてたのだと言った。そして今日中に札幌の家に帰るのだという。 明るく、芯のしっかりした女の子だった。ショートカットの髪型が彼女の勝気そうな性格と良く合っていた。 彼女は、最初はさすがにちょっと緊張してるようすだった。だが、いったんいきおいがつくと、まるで倒壊したダムのように息をつくまもないほどしゃべり出した。 「北海道でなにかおいしいもの食べましたか? 食べなかったんですか、残念ですねー。稚内にイクラ丼の店あったでしょ? すんごく安いんですよぉ、食べないともったいないですよぉ。でもカニとか売ってたでしょ、アレはあんまりおいしくないですね。じつは北海道の人はカニ食べないんですよ、高いばっかりであまりおいしくない、旅行者がだまされて買っていくんです。秋にまた北海道に来たらどうですか? もっとおいしいものたくさんありますよ、シャケとかいろいろ……」 「うわさで聞いたんですけど、大阪人はお好み焼をおかずにごはんを食べるってホントですか? えっ、ホントなんですか? でもやっぱり北海道はジンギスカンが最高ですね。ジンギスカンって知ってますか、北海道ではスーパーに行くとちゃーんとジンギスカン用の肉を売ってるんです。ジンギスカン専門店とかいっぱいあるし。「義経」って知りません? 知りませんか? ジンギスカン専門のチェーン店で、あちこちにありますよー。そうですか、やっぱりアレは北海道にしかないんですか。北海道の大学に入るとね、先輩にまず最初に炭火をおこす方法を教えられるんです。ジンギスカンに使う火ですよ。ジンパって言ってね、ことあるごとにジンギスカンパーティするんです」 「北海道の冬はやっぱりたいへんですよー、何年かまえに記録的な大雪になったことがあって……。えっと、北海道の家はちょっと違う造りになってて、えーとどう説明しよう、こーゆーふうにですね、玄関のまえに出っ張りみたいなのが造ってあって、大雪でも扉が開けれるようになってるんですけどね、その時はさすがに外に出られなくって、朝おきたら家全体が雪にうもってましたからねー、でも病院につとめてるから、休むわけにはいかないし、電話線が切れたらしくってずっと不通になってるし、んで、数時間かけてなんとか病院にたどりついたら、やっぱり緊急業務以外休みになってました」 僕はあっけにとられて彼女の横顔を見つめていた。会話をはさみこむスキもない。あいづちを打つのが精一杯だ。 ようやく話がとぎれたとき、彼女はちょっとためらうようにして言った。 「あの……自己紹介しません?」 彼女は一方的に自己紹介をはじめた。 彼女は名前をアキコさんといった。24歳で、病院で患者に応じてリハビリの計画をたてる仕事をしているという。 「オレも24歳や。今年で25になるけど」 僕は言葉を探しながら続けた。 「旅の途中でいろんな人に会ったけど、みんなその土地に住みついて生活を営んでる人ばっかりやから。そんな人たちとは逆に、オレは仕事を持たずにあちこちウロついてるわけで……。自分で納得したうえで学生してるつもりなんやけど、ちょっとうしろめたい気持ちになったりもした、かな」
車は国道を順調にとばしてゆく。途中、旭川市郊外の何もない大草原に、いきなり高速のインターチェンジが現れる。アキコさんは車を滑り込ませた。青く鈍く光る高速道路の上を、車はスピードを増して流れるように走った。 彼女はしばらく何か考え事をしているようだった。何かを思い悩んでいる表情と言ったほうが正しいかもしれない。そのわけをはかりかねていると、アキコさんは僕のとなりで、これまでとは違う静かな声で自分自身のことについて語り始めた。 「……あたしね、自分の仕事のことで悩んでるんですよ。患者さんのリハビリの計画たてる仕事なんですけどね、病院のシステムが納得できないんです。治療費がめちゃくちゃ高いんです。でもその半分くらいは病院の幹部クラスの人たちの財布に入っちゃう。幹部の人はぜんぜん仕事しないで、新しく購入したCTスキャンで遊んでたりするのに。これってオカシイと思いません? 幹部に入るお金を減らしたら、治療費をもっと安くすることもできるのに……。何回か抗議したんですけど、全然とりあってくれない。でもね、病院のシステムがイヤだからといって、自分の仕事までイヤになってしまってたらどうしようもないから。あたしは病気で困ってる人たちの手助けをしたくてこの仕事についたはずなのにね……。
気がつくと窓の外は真っ暗になっていた。 いったんはやんでいた雨が再び降り始め、どしゃぶり雨に変わっている。大粒の雨が車のフロントガラスをたたき、ワイパーの速さを最大にしてもおいつかない。 彼女は、どうして僕にこんな話をするんだろう……。 見ず知らずの他人なのに? フロントガラスのむこう、雨でにじんだ赤いテールランプの列を僕はぼんやりと眺めた。 午後7時をすぎて、ようやく『札幌市』という表示板が現われる。 「あの、どこで降ろしたらいいですか?」 彼女は心配してくれているようだった。当の本人はまったく心配していないというのに。今夜は札幌駅かどこかに行って、構内の屋根のあるところに野宿させてもらうつもりでいた。 彼女はしばらく迷っているようだったが、突然、思い切ったように言った。 「えええい、もうついでだから小樽まで行きますね!!」 札幌の出口を横目に通りすぎると、彼女はそのまま小樽にむかって高速を突っ走った。意地でも小樽までのっけてくれるつもりらしい。 そして1時間後。 2人をのせた車は小樽市のインターチェンジを出た。 「ついでだからフェリーターミナルまで行きましょう!!」 彼女は車を走らせ、小樽のフェリーターミナルビルの前まで来てようやく停まった。 腕時計を見ると午後8時を回っている。 結局、5時間以上も乗せてもらった計算になる。 僕は雨の中、車を降りた。彼女も車を降りて僕の荷物を降ろすのを手伝ってくれる。なんと感謝していいのかわからなかった。名残惜しさのような愛おしさのような、じれったいような不思議な気持ちが僕の中でくすぶっていた。 「どうも……ありがとう」 結局ありきたりなお礼の言葉しか出てこなかった。すると彼女は照れたように、 「北海道に来てあまりイイことなかったみたいだから、ちょっとはやさしくしてあげようと思って」 と笑った。そしてそのまま運転席に戻るとギアを入れ、エンジン音とともに走り出し、やがて夜の雨の中に消えた。 小樽のフェリーターミナルビルは、真っ暗な空をバックにして、僕の目の前に堂々とそびえたっていた。 稚内のターミナルとはくらべものにならないほど広い。稚内のは、まるでさびれた村役場のようなボロくて小さいところだったが、ここは空港のロビーを連想させる。ガラス張りの自動ドアをくぐると、吹き抜けの高い天井と大理石のフロア。右にはエスカレーター、左には受付カウンターがズラリと並んでいて、旅行客がこったがえしている。 僕はもう大阪についたような気分になっていた。23時30分に敦賀ゆきのフェリーが出航しているはずだ。それに乗れば、29時間後には自動的に関西まで帰れるのだ。 しかし、僕の考えはどうやら相当あまいらしいということに、すぐに気づいた。受付カウンターにむかい、フェリーのチケットを取ろうとする。満席なのでキャンセル待ちになるらしい。番号札をもらう……。番号を見てぶったまげる。 キャンセル待ち98番目!? どう考えても乗れそうにないぞ。しかしどうしてこんなに混んでるのだ? 理由はすぐにわかった。台風の影響でフェリーが一便欠航になってしまったらしいのだ。そのため、乗れなかった客がみんな次の便のキャンセル待ちをしてるらしいのだ。 しかたがない。明日のフェリーに乗るしかない。明日の夕方に舞鶴ゆきのフェリーが出るらしい。それに乗ることにしよう。と思ったのだが、その便もすでに満席らしい。そのキャンセル待ちの受付を午前3時から、ターミナルビルの裏口で開始するという。 午前3時!? なんちゅう非常識な時間や。しかし選択肢はない。それまでゆっくり待つことにしよう……。 2階のロビーのベンチにすわり、煙草をふかす。昼にコンビニで買っておいたおにぎりに喰らいつく。人が多い。ビル内にいる旅行客の一部は、僕と同じような貧乏旅行者だ。その服装や荷物を見ればわかる。 腹がふくれたとたんに眠たくなってくる。 並んだベンチのまえ、そなえつけのテレビではニュースステーションをやっている。いつのまにか午後10時をまわったらしい。 僕は立ち上がった。激しい睡魔が襲ってくる。頭がクラクラしていた。しばらく横になることにしよう。僕は壁ぎわのすみっこのフロアにすわりこむと、まるめた寝袋をマクラにして横になった。 人目は気にならない。貧乏旅行者たちはみんな、僕と同じように壁ぎわにすわりこんだりと、思い思いのかっこうで身体を休めていた。そのため、ターミナルビルの片隅はまるで、ちょっとした難民キャンプの世界になっている。 僕はうつらうつらとし始めた。 その次の瞬間、僕はまるで気絶するようにして、無意識の闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。 |
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