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北海道ヒッチハイク旅行記

エピローグ

 9月になっていた。

 ヒッチハイクの旅を終えてからちょうど1カ月がすぎようとしていた。ひさしぶりにいっしょに遊びにいこうということになり、大阪・梅田の小さな喫茶店で僕は1カ月ぶりにユミちゃんと会った。

 ユミちゃんは窓際の席にすわっていた。うつむきかげんで、氷の溶けたアイスコーヒーをじっと見つめていた。何かにおびえているような表情だった。僕はその理由を計りかねた。彼女はしばらく黙っていたが、ようやく思い切ったように顔を上げ、僕をまっすぐに見つめた。目が少しうるんでいた。

「あんなー。あたしの友達、自殺してん……」
「えっ……いつ?」
「つい数日前。いなかの知り合いから連絡がまわってきて……」

 ユミちゃんの話はこうだった。

 彼女とは特に仲がいい友達というわけではなかったが、小学校から高校までずっと同級生だった。明るく活発で、いつでもクラスのリーダー的存在だった。20歳になった頃、ユミちゃんと同じようにいなかを出て都会で働いていたらしい。その後も、いなかの同窓会では毎年顔をあわせていた。

「でもここ数年、なんだか人が変わったみたいになってて……なんかすんごく無口なコになってしまってん。それであたし気になっててんけど……」
「このまえ実家に帰ったときにも会った?」
「ううん、今年の同窓会にはそのコ、こーへんかってん」
「そうか……」
「でもいなかには帰ってきてたみたい。誰も気がつかなかったけど。それで数日前、海辺のすすき野原の中でそのコのクルマが発見されて……クルマの中でそのコ、自殺してたんやって……」

 ユミちゃんはまるで僕を問いつめるような口調になっていた。

「なぁ、自殺しようって気持ち、理解できる? あたしにはわからへん。自殺しなきゃいけないほどツライことって、この世にあると思う?」

 こういう時、僕はなんて言えばいいのだろう。こんな話を聞かされるのは僕にとってもショックだった。

「いや、あるのかもしれんで」

 僕は答えた。そして言うべきかどうか迷った末、

「俺は……死にたいやつは勝手に死ねばいい、って思うよ」

 由美ちゃんは驚いたような目をした。僕は続けた。

「でもな、こっからが大事やねんけど。本当に死にたいと思って自殺する人なんか、ひとりもいないんとちがう? 自殺する人も心の底では、生きたいって思ってるはずやねん。普通に生きてる人以上に、生きたい生きたいって願ってると思うねん」
「うん……」
「生きたくても生きたくても、自分の生きられる場所がこの世界にないから、最終的に死を選んでしまうんとちがう? でも、その人が心の底で生きたいと思ってるんなら、まわりにいる人らが助けてあげなあかん。助ける義務がある」

 由美ちゃんはしばらく目をふせていたが、

「あんなー、たとえばの話やけど」

 顔をあげて僕を見た。

「万が一やで? あたしは絶対にそうならないと思うけど、もしもあたしが……もしもあたしが死にたいって思ったときにはどうしたらいい?」
「その時は、とにかく誰でもいいから助けを求めたらいいねん。わがまま言うていいねん。もしも俺でよかったら相談しいや。なんとかするから……」
「うん……」

 そしてその日を最後に、ユミちゃんの消息はプッツリととだえた。

 10月に会社をやめるという話は聞いていた。だから時間をもてあましているんじゃないかと思ったのだが、電話に出ないのだ。昼夜かまわず何十回と電話をかけてみたが、いつも『ただいま留守にしています』という彼女の録音の声がむなしく流れるだけだ。

 あんな話をした直後だ。悪い予感がした。まさかそんなことはないだろう。あのコに限ってそんなことはあり得ない。でもひょっとしたら。あの時僕が彼女に言ったこと、あれはあれで良かったんだろうか。それとも、言ってはならないことを言ってしまったんだろうか。

 毎日、落ちつきなく暮らした。いっそ彼女のマンションに行って確かめようと思ったが、場所がわからない。

 なんとか冷静さを取り戻した僕は、ふと思い出した。

 そういえば……。

 そういえば、東京に住んでいるおばが最近入院したとか言っていた。そしてたしか、おばの身のまわりの世話をするために、そのうち東京に行くかもしれないって言ってたような気がする……。

 彼女が気まぐれなのはわかっているつもりだった。でも、東京に行くなら行くで、一言ぐらい言ってくれてもよさそうなものだ。

 信じられなかった。すると今度は腹がたってきた。そのあとも僕はしつこく電話をかけ続けた。しかしついに、ユミちゃんと話すことはできなかった。11月になった。僕はついにあきらめた。電話をするのもやめてしまった。

 年が明けた。

 東京からの年賀状……。

 ユミちゃんからだった。

 『お元気ですか? 私はいま東京にいます』
 『今年がふたりにとって良い年でありますように』

 クセのある文字で、年賀状にはそう書いてあった。

 そしてカラフルな富士山の版画の横に、小さな文字でこうつけ加えてあった。

 『いま住んでるアパートから富士山がみえる』

 そういえばユミちゃんは、空を見るのが好きだった。

 東京のマンションのベランダから、はるか遠くの富士山に映る空の色を見て、きっとひとりではしゃいでるんだろう。

 ま、あのコらしいといえばあのコらしい……な。


北海道ヒッチハイク旅行記・完

 

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